【夢を叶えたのに幸せじゃない人へ】3つ数えろ、今日あった良かった事を3つ数えろ。まずは手に届く幸福を満喫しよう。

私の昔の夢


まともにメシが食えるようになりたい、鯖の缶詰が毎日のご飯なんて嫌だ!

一人になりたい、面倒に人達に気を遣って精神をボロボロにするのは嫌だ!

自立したい、自分で自分の身を立てるという当たり前の事を達成したい!


こんなできて当然の事が実現できない私はダメな人間であり、幸福ではない。とそんな風に考えていた。


だから私は私のできる限りを持って努力をした。


そして達成できた。


私の今の夢

もっと広い部屋に住みたい、高給取りになりたい、狭くていつもと同じ食事なんて嫌だ!

恋人が欲しい、幸福な結婚がしたい、誰からも愛されないで淋しく生きるなんて嫌だ!

私が好きだと思う人を幸福にしてあげたい、私自身の生きてる実感が欲しい!


人間は生きるだけでは価値がないので、やはり私はダメで孤独な人間であり、幸福ではない。とそんな風に考えている。


だから今の私はどうにかその現状を変えようと努力をしている。


達成できるかは不明だが、何かこの状況はおかしい気がする。



過去の私の目標を叶えたはずの私は、どうして昔変わらないのか


昔叶えたかった事は叶えた。


メシを食べるのに苦労はしていない。
(ハーゲンダッツくらい余裕で買える。牛丼特盛りだって値段を考えずに注文できる)


住む家だってある。
(エアコンはついているし、ガスも出る。なんと空気清浄機だってある)


ちゃんと給料をもらって自立して生活している。
(残業代が出る、すばらしい)



にも関わらず、どうして私は昔と変わらず何かを求め続けているんだろう。


どうして購入した商品を存分に楽しまないで積読積みゲーなんかをして、アマゾンのほしいものリストを適当な欲望で水増しして未だに購入を続けているのだろう。


何も変わっていない気がする。
(まるで成長していない)

今、自分が所有している何かを満喫しようよ

今自分が持っている幸せについて3つ数えるべきだ。

私の幸福はそこから始まると思う。



幸福であるためには幸福だと思考し、幸福を感じる必要がある。


別に高級な車やリゾートホテルや美味しい寿司がそのまま直接人間の幸福に繋がる訳ではない。



私が幸せだと思った時が幸せなのである。


だからそんな瞬間を見逃さない事こそが重要なのだ。


皆がやっているからといって、それを幸福だと思うのは絶対に間違っている。


欲しいと思った物を手に入れた実績があるのだから、今度はその手に入れた物で幸福になった実績と実感を得よう。

なんでもいいから、今日あった良かった事を3つ数えろ


幸福はそこら辺に散らばっているのである。

  • 今日は9時まで惰眠を味わう事ができた。
  • じっくり本を読む事ができた。
  • そしてこれから王将でチャーハンと餃子ともう一品好きなおかずを食べる。

(テイクアウトして、家でダラダラ好きな動画でも見ながらたべるつもりである)



これが幸福でなくて、何が幸福だろうか。