「西尾維新/刀語_第六話_双刀・鎚」の感想、レビュー

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寒いのが最強


寒いのは嫌だ。本当に勘弁して欲しい。一年中冬だったら私は一年中家から出ないだろう。


人間は寒いのが嫌だから科学を発展させてきた生き物と言っても過言ではないのではないだろうか?


寒いから火を起こしたのである。だから動物とかもそのノリで退治する事ができたのである。


だから人間は「寒さから逃げる」という目的で進化したのである。という立派な論理が組み上がるのである。


さて、そんなこんなで今回の刀語で登場する人物は人類を超えた生き物であると言ってもいい。


凍空一族は人間を超越した存在である

第一級災害指定地域「蝦夷の踊り山」


常に極寒と吹雪を提供する人間では住み着く事はおろか、その山を登頂する事も不可能だろう。


そんな人間にはできない事を凍空一族はやってのける。いや、「やってのける」なんていう積極的に挑戦した、みたいなニュアンスではない。当たり前のように、息を吸って吐くのと同じような感覚で極寒の環境で平和に生活をしていた。



寒さから逃れるために成長したのが人間ならば、凍空一族はそもそも寒さから逃げる必要がない。


人間が恐れる何かを一切気にせず、平和の一部として受け入れる存在がいるのならば、それはもう人間を超越していると言って良い。



つまりは凍空一族は人間からすれば神のごとき存在である。



なんやかんやで凍空一族はほぼ全滅した


まぁ、なんやかんやなんだから、仕方ないじゃないか。


実際は虚刀流のお姉さんがやっちゃったんだけど、建前としては雪崩でやられた事になっている。



出だしでめっちゃ強い設定される存在って、その後に出てくるキャラクターの箔を付けるための存在だったりするんだよね。


「こんなに最強である存在を一瞬で倒してしまうコイツは一体どれだけ強いんだよー!!!」みたいな。


そんな犠牲になった。虚刀流のお姉さんの箔付けのための犠牲になったんだよ、凍空一族は。



凍空一族は、寒さには強かったが、「ラノベの展開という吹雪」には弱かったようである。


アイツら、設定と展開のためにならば、どんな事だってするからな。


素人が玄人に勝つって事が本当にあるのかね?


なんであれ、凍空粉雪ちゃんはかわいい。やばい。お父さんになってあげたい。養いたい。



で、虚刀流はそんな凍空粉雪ちゃんに敗北する訳である。腕を折られて負ける訳である。





その敗因は「素人過ぎて動きが掴めないから、不意を付かれて負けた」だそうである。


要するには素人は型を持っていないからこそ、型にはまらない動きができて予測がつかない、という事だそうだ。


なんか言い訳くさいけど、わからなくもない。



「何もできない、何も知らない」というのは良い意味で捉えるのならば無限の可能性を所有している事なのである。


逆に熟練した人間というのは、「無駄な要素を切り捨てて洗練された」人間の事を言うのだから、限定された状況においては有能であるが、知らない事は知らない事だし、知らない事も知っている事で処理しようとするから対応できないなんてケースが発生する。



だからこそのこのザマである。鑢七花は知っている事だけで知らない事へと対応しようとしたから負けたのである。



これに対しての奇策士の評価は「単なる偶然」として解決策を提示しないで話を締めたが、本当にそれで良いのだろうか?という疑問が私の中には湧いている。

「ありのまま」を見つめるモード

玄人が素人に対応できるようになるためには、「ありのまま」を観察する能力を所有しておく必要があるのではないだろうか?


つまりは自分の中に「素人」を同居させるのである。


玄人と素人は、あくまで性質の違いである、という認識の上で状況に応じてそれを使い分ける。そんな戦い方こそが最強なのではないだろうか。


玄人とはプロフェッショナルである。

型にはまった行動であれば、それは即座に対応できる。細かい部分にまで洞察ができる。


素人は型なんて一切しらないので、的確な対応、精密な対応はできないが、柔軟に思考と行動ができる。



どっちが良いという話ではないのではないだろうか?



物事を知り過ぎると色メガネを掛けてしか観察ができなくなってしまうが、たまには自然な状態で何かを見つめてみるのもいいかもしれない。