女性が「体目当てだったのね!」といって怒るのならば、男性は「ただひたすら話を聞いて共感してもらうのが目当てだったのか!」と言ってもいいのだろうか?

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女性に好かれるためのシンプルで昔から言われているコツ

女性の話は、よく聞け、とても聞け、すごく聞け。


親身になって聞け、反論するな共感しろ。


自分の相槌や発言は、相手を気持ち良く話させるための無機質的な材料でしかない事を自覚しろ、自分の心情を相手に理解してもらおうとするな、ひたすらに相手の感情を理解し共感して肯定しろ。



まぁ、こういうのがモテるらしい。男性的にモテるのがどうかは知らないけれど、女性から好感を得るための方法というのはこういうことらしい。



そりゃあ、自分の言いたい事を引き出してくれてスッキリさせてくれて、さらには同調してくれて、その意見に賛同してくれるのならば、それはとっても気持ちがいいだろうな、と思う。


別に女性だけでなく、男性だってこんなことされたら嬉しいに決まっている。


だから、そんな会話のテクニックが人間関係において重要なのはよくわかっている。

「体目当て」と「心目当て」は何か違いがあるのだろうか?


女性がよく言う「体目当てだったのね!」という非難。あれは正しい。


他人の部分的な何かを自分の都合のために、自分勝手に利用してしまうのはよろしくない。

それも仲良くしている、または交際関係にあるような間柄の人間に対して、そんな冷酷で信頼を裏切るような、人格や人間性を叩き潰して無視してしまう、という行為は人間的人道的倫理的ではない。



人間の一部分である「何か」を自分の都合のためだけに、思うがままに利用する事は悪いことだ!という理屈だ。



有名な「体目当て」というのは「他人の体」を自分の欲望を満たす目的のみにおいて活用している、という訳だ。


では、「体」以外ならば、他人の一部分を自分のためだけに利用して良いのだろうか?いや、良くない。良いはずがない。


信頼関係のある間柄において、他人の何かを自分のためだけに使うという事は、やはり裏切りだろう。
(どういう形であれ、良い信頼関係とは、バランスの良いギブアンドテイクなのだと私は考えている)



つまりは他人の「心」を自分のためだけに使うって事だって良くない行為であるはずだ。


精神的な要素、目に見えない何かってのは扱いづらいよね


そんな心目当ての人って結構いるんじゃないだろうか?



別に女性に限った話ではない。男性にだってそういう奴はいる。


女性の場合ならば、冒頭に述べたような事を男性に無理強いする、もしくは自分の魅力を存分に活用して相手がそうするように仕向ける。


「傾聴、共感、賛美」

こういった心目当てで、色々な策を弄する人ってのは存在する。



男性の場合ならば、相手がついていけないような趣味の話を延々としたり、友情を押し付けたり、自己卑下に酔心したりする事だろうか。


「こんなに深くまで趣味の話をトコトン語れる俺って粋でカッコイイ!」

「俺とお前ってもう親友だよな」

「僕はダメな奴だから、でも君はスゴイよね」(そんなことないよって言えよ!俺のことを褒めろよ!)


みたいな感じで心目当てをする人って結構いる。子どもは単純だが、大人は複雑であって自覚症状も薄くなってきているから厄介。




こういった心目当てってのは、目に見えないから面倒なんだよな。


体だったら非常にわかりやすいから、自分が傷ついた事も相手が傷つけた事も明確に線を引いて理解できるが、抽象的精神的なものはそうはいかない。本当にラインが引きづらい所スレスレで、美味しく他人の心を食する熟練者だっている。



もしくは、あからさまに体を差し出して心にありつく人間もいる。
(まぁ、この場合はどんな形であれギブアンドテイクなのだから、否定はしない)


とどのつまり、人は人の何かを得るために人と関わる


冷たい言い方になってしまうけれど、本質的にはそうだ。


冷たい言い方かもしれないけれど、実際はネガティブでもポジティブでもない。ただ単純にそうである、というだけの話だ。


差し出せる何かがないと、いつか詐欺師扱いをされるだろう。

求める何かがないと、いつか大切なモノが枯渇するだろう。



目に見えないモノまで含めて、人と人は何かを交換している。


それはとっても当たり前なんだけど、たまには思い出して感謝しておく事で、人間関係が潤滑になるんだと思う。