個性というのは希少性の事である【希少性を持った人間に進化する方法】

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単純で絶大なる効果を持つ、人間が進化する方法

奇妙な物を部屋のよく目にする所に置く。


置いたばかりの時は、部屋に入る度にギョッとして、どうして私はこんな物を置いているんだろう?という気持ちと一緒に自分の部屋に対して居心地の悪さを感じるだろう。きっと最初は落ち着かない、違和感が満載、すぐにそれを戸棚が何かにしまいたくなる。



時間が経過する。見慣れる。日常の一部になる。


奇妙な非日常が自分の脳内に取り込まれ、日常の一員としての振る舞いを見せ始める。



人間ってのは何にでも慣れることができるから、それは極々自然なことだ。


そして人間が環境にその人生を左右されるのも当然の事であり、新しく置き始めた奇妙な何かだって、その人の人生に影響を与える。



所持している物しか使用できないのは人間の特徴であり、人間の腕は1メートルにも及ばないので、それに応じて手にすることができる距離も限定されてくる。



理想妄想は宇宙の果てまで飛んで行くが、物理的制約が掛けられた人間の体は、4畳半の部屋でも精一杯だ。




そんな制約を上手に使用して、不慣れな何か、新鮮な何か、奇妙な何かを日常に取り込む、当たり前にする。それを使用する、それを使用して思考することが普通の行動になる。

人は環境に適合するために変化進化する。

もしもそれが、他の誰もがまるで使用しない何かだったらどうなるだろうか?


ならば、その人は自然に他の人と違った思考と行動を行うことができるだろう。


進化というのは努力の結晶みたいな印象があるが、案外制限のかかった環境に仕方なく適用しただけの惰性的な諦めに近い行為なのかもしれない。


自分に合う環境をで一生を過ごしたら人に一切の変化は現れないだろう。


身の丈に合わない環境に身を置き、脳と体を変化させることを進化という。



だから人が小さく進化、もしくは変化するためには、部屋に奇妙な何かを置いてみたら良い。そんな微細な何かでも人は敏感に影響を受ける。



努力せずに楽に自分を変化させたいと望むのならば、そんな方法が有効だろう。


自分を変えるって言うと、どうにも血と汗と涙の結晶と等価交換、みたいなイメージを持っていて、それこそが正当なる進化!みたいな自己満足と自己陶酔に浸っている人が多いので盲点になりがちだが、方法さえ確立されれば「なんだ、こんなもんか」で物事はスイスイ進む。


だからこそ、方向と方法を模索する努力は、「効果が薄く方向が定まっていない努力」をするよりも格段に価値が高い。



その発想の転換にも奇抜なアイディアにも、非日常を取り込むって事が大事なのである。

個性ってのは希少性である。努力とか関係ない。

希少性を有するだけで、その人は価値を有する、という事は物凄く大事だ。


30年ニートを続けていればドキュメンタリーに取り上げられる。

宝くじに当選すれば、インタビューを受ける。

多摩川にアザラシが出現すれば、超人気者になる。


上記の存在は特別な才能や努力を持ち合わせている訳ではなくても、周囲からの多大なる注目を向けられ、大きな価値を生み出していく。


個性とは努力によって磨きあげるものではない、単純に個であること、オリジナルであること、希少であること。それだけである。深く考える必要はない。