お金を求めない人間の心は綺麗って考えはおかしい、間違っていると思う

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金の亡者っていう言葉の不思議


金を稼げば稼ぐほどに、人はよりよく生きる事ができるのだから、「生者」だろうと思う。死んでいくのはお金がない人達である。


であるならば、金の亡者って言葉はお金がない人間達の嫉妬に近い言葉なんだろうな、と思う。


要するに「酸っぱい葡萄」である。自分には手に入らないと確信してしまったからこそ、物事に対する価値観を歪めて自分を守るのが人間だ。


そういう意味では、「金の亡者」という言葉を頻繁に使用し、どこかのお金持ちを批判しバカにするようになったら、もうその人には「お金持ちになる可能性」が途絶えてしまったようなものである。

渇望して苦しんでいる間はまだ希望がある。


「諦めたらそこで試合終了だよ」

という名言がある。


諦めるってのは私個人としては人生において物凄く重要な要素であると思っているので、そうそう簡単に語る事ができないが、それでもまぁ確かに諦めたら試合は終了なのだろう。



金の亡者という言葉を使い、誰かを批判してバカにしている人間達は諦めた人間である。だからその人達からお金持ちの道は途絶えている。



だが、お金が欲しくて仕方がない、欲しくて欲しくて心が苦しい。それでも望むことがを諦めずに毎日懸命に模索している。


そんな人間は、「お金持ちになれる可能性がある」人間であるはずだ。


欲望を抱える事は、時に辛く苦しい事であるが、それでも欲望を抱える覚悟もない人間に欲望を達成する事なんてできやしない。



たまよく聞く、スピリチュアル系の話で、「欲望を手放したら、諦めたら、急に物事が好転して欲しかった物が手に入った!」みたいな成功体験?を聞くが、あれはおかしい。


欲望を手放したって事は、もうそれは欲しくない物って事である。

欲しくない物を手に入れた所で、何が嬉しいのだろうか?甚だ疑問である。


欲しくない物を獲得する事が成功だろうか?そこになんかしらの嘘や歪みがあるとしか思えない。


自分が欲しいと願っている物を獲得するから嬉しいのである。

欲望を追求して正面から欲望に向き合う人間の方が綺麗に決まってんだろ!


お金は汚い、お金は卑しい、お金は人生の質を悪くする。


そんな狂言を喚き散らすの人間が宝くじ売り場に群がっているのを見るのは滑稽である。



そういう人間もいざお金をちらつかされると、目の色を変えてこれまでの自分に対する無理やりな辻褄合わせを行い、なんとか自分がお金を獲得する事こそが正義なのだと不自然な形で断定する。




そんな歪んだ心で、レスポンスの悪い状態で、日々の準備をしていないままに、皆が欲しくて仕方がないと思っている物を獲得できるだろうか?いや、できない。



綺麗な心ってのは、自分の欲望を正直に受け止めてその実現に対して日々働きかけることである。


その思考行動から逃げて誤魔化して正当化して自分本来の欲望にツバを吐きかけるのが汚い心である。



生きている限りは欲望せねば!