成長とか勉強をやりたくない理由は「自己否定の連続」だから

プラスに変化するって事


成長のために努力するとか、将来のために勉強するとか。そういうのが大嫌いで全然やらない人がいる。


別に遊びならばいくらでも精力的に頑張るのに、成長や勉強については何故まるで気力を削がれているのだろう?と不思議に思っていた。



好きなゲームならば何時間でもやっていられる。ネットゲームの世界だと、その世界のために現実を捨てて命を捨ててまで尽力する人がいるらしい。


なのに、それに比べれば少なすぎる努力の量でも成長やら努力ってなると途端にやらない。気乗りしない。


成長や勉強は言うなれば、「自分をプラスの方向へ持っていく動作」であるのだから良い事に決まっている。だから本当はみんな成長や勉強に対して偏見を持っていて「食わず嫌い」の状態に陥っているだけだ!と思った事もある。



しかし今の考えは違う。


要は「プラスに変化する」って事は「今までの自分がマイナスでした!」って認めるような物だから、そんな自己否定の連続に精神的に苦しめられてしまうから、人は努力をしなくなるんじゃないだろうか?と考えている。


今の自分が最上だと思っているならば、これ以上何かをする必要はない。

これから先、何かをすることでプラスに向かうのならば、今までの自分は最上ではなかった事の証明になる。


こんな理由なのではないだろうか?

きっと今の自分が嫌いな人は頑張る


ネットゲームの世界を私はよく知らないが、それにハマる人ってのは、ネットの世界に「自分の居場所」があって、「役に立つスキル」を持っていて、「常に求められている状態」なのではないだろうか?

だからその世界が心地よくて、ずっとハマって現実を捨てる。


「自己が必要とされて、肯定されている」なんて言う超絶心地良い環境ならば、人は命を捨ててでもそこを守ろうとする、という事だろう。


その反面、成長とか勉強ってのは基本的に「孤独と自己否定」を強いられる世界だ。


一緒に同じ目標に向かう仲間がいるにしても、「競争」やら「仲間内での蹴落とし合い」の現象が発生するから、これは完全には回避できない。
(運良くネトゲの環境みたいな居心地の良い環境に辿り着く場合もあるのかもしれないが、それを私は知らない)




孤独と自己否定


きっとどちらの要素も誰もが恐怖して嫌う要素であると思う。


いくら単語を暗記するだけでも、思い出せない自分を否定し、成長した自分は過去を否定する。そして自分とまるで同じ人間なんて存在しないから、厳密にはその感情は誰かと共有する事はできない。


だからこそ、成長や勉強ってのはみんなやりたがらないのだろう。


だからこそ、皆で景色を共有できる旅行とか、皆で同じ音楽を聞いて皆と同じように手を振って騒いだりできるカラオケなんかは、土日を消費しても、オールをしても大丈夫な訳である。


それでも、成長や勉強に向かって猪突猛進する人間はごまんといる。その人達はどんな精神状態なのだろうか?


と考えるのならば、「今の自分を公開したくない」って気持ちだったり「今の自分を否定する」気持ちがあったりするのかもしれない。


今の自分の状態が物凄く居心地が悪くて、成長や勉強を行う事によってそれが解消される。


そんな状態だからこそ、人は「孤独と自己否定」に正面衝突できる。

本当に成長や勉強をしたいなら自己イメージを変えるしかない


そんな手前勝手な推理に基いて出された結論。


果敢に努力を行う方法があるのならば「現在の自分を激しく厳しく否定する」アンド「未来の理想的な自分を溺愛する」って事になる。


この辺のイメージがちゃんと確率されれば人は大体の事に対して猪突猛進するだろう。


たまに「あぁ、努力できない僕はなんてダメ野郎なんだ!」とか「俺ってテスト前なのに、夜更かししてゲームやってたぜ!」なんて言う別にどうでもいい主張をしてくる人がいるが、あれは「ダメな私を肯定して下さい!」という隠れたメッセージであり、ダメな自分を愛している証拠なので、その人達は努力はしないです。


本当に今の自分が憎いのならば、絶対にそんな事は口に出せない。恥ずかしくて皆の前に顔を出すこともできない。


成長したいなら、勉強したいなら、現在の自分を憎悪し嫌悪し侮蔑しましょう!


未来の理想の自己を愛しましょう!