ヒモ生活は理想的で夢のある生き方なのだろうか?

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私はヒモになりたい


一日中遊んでいられる。女性の人が自分に尽くしてくれる。お金の心配をしなくて良い。


そんな妄想を私はヒモに対して抱いている。


実際問題ヒモがそういう存在であるのかどうかは極めて不明だが、そういう良い面だけを見てヒモに憧れる男性はきっと多いはずだ。



だって異性と金銭と住居が一気に手に入るってとんでもない事だよ!そんな事ってヒモ以外で達成できるかな?きっとできないよね。


という要素が数多の男性の憧れの源になっているのだろう。


だから私はヒモになりたい。というか一日中好きなことやって、莫大なお金と好みの異性を手に入れたい!!


だから別にヒモじゃなくても良い。


金!異性!自由!


上記三点を惜しみなく提供してくれる人にならば尻尾を振るし、頭を垂れる。


それを達成する方法の一つがヒモ、という事だ。

ヒモはどうして存在するのだろうか?


ヒモになりたい人間はたくさんいる。当然だ。


でも、ヒモを飼いたいと思う人間はそんなにはいないはずだ。なのに、実際は存在する。でなければヒモという言葉が存在しないからだ。


ならば、どうしてヒモを飼おうとする人間がいるのだろうか?だってあんなの損じゃん。家にいつもいて、ダラダラして、性欲と食欲と金銭欲を満たしてあげないといけない生き物を飼育するくらいならば、猫とか犬とか飼った方が良くない?

猫の方が可愛くないですか?


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こっちが人。絶対に猫の方が可愛いと思う。飼いたいと思う。このおっちゃんは飲みの席とかにいてくれたら楽しいかもしれないけれど、ヒモにしたいとは思わない。


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要するに、ヒモを飼うくらいならば可愛い動物でも飼った方が良くない?なのにどうして人間を飼おうとするのだろう?って所が疑問なのである。



そりゃあ、ヒモとして飼ってやってるんだから、優越感に浸る事はできるし、会話もできるから退屈しないし、きっと相手は私の財力にペコペコするだろうから、それなりに気持ちの良いなのだろう。



しかしながら、言葉が話せる存在ってのはそれだけに気苦労が多い。自分の気持ちを理解できる存在ってのは警戒しなくてはならない。自分が誰かを見下す気持ちを毎日持ち続けるってのは、一種の毒性の強い中毒に近い。



人間が常にそばにいるのは、私の考えからすると、よっぽど信頼できるような存在でないと落ち着かないのである。ヒモになるような人間なんて信頼できないから、やっぱり心は落ち着かないのである。


ヒモを飼う人ってのは、また違い何かを求めていたり、ヒモが動物のペットよりもリラックスできる要素があると感じているのだろうか?甚だ疑問である。


それでもヒモを飼うメリットを考えてみる。


つまりは私の考えからするとヒモを飼うメリットなんてないのである。だったら猫を飼う。


でも、現実としてヒモを飼う人間ってのは一定数いる。ならばそれは何故なのか?


それを考えてみる事によって、社会の隠れた需要を導き出す事ができるはずだ。




考えた。



ヒモってのは実在するけれど、社会的におおっぴらにされる事はないんじゃないか?


という結論が出た。


つまりは、飼い主の社会的地位を擬似的に飾り立てるための存在がヒモなのではないか?という事だ。


ヒモは飼い主の恋人や大切な人を演じる事で、飼い主の社会的ステータスを向上させる、という価値の提供をする。


その代わりに、飼い主はヒモに食料や住居を提供する。こういう交換によってヒモは存在しているのではないだろうか?
(似た存在としてセ○○○フレンズというのがいる。これには色々なケースが存在するが、擬似恋愛と肉体的欲求の発散を交換しているケースである。ちなみに○○○には「けもの」が入ります。最近流行ってますよね)



本当は彼氏なんかいないけど、友達からそう思われるのはイヤ!だからこの有り余る富をフル活用して、男を飼いならして社会的地位をメイクアップしよう!みたいな。


男性についても同様である。まぁ、でもヒモって呼称される機会は少ないと思う。男性は女性をヒモだと認識したくないし、女性も自分がヒモだと認める事もないだろうから。



愛が提供できなくても、異性は手に入る

ヒモから学べる教訓。


男女が同じ屋根の下で住む理由は、単純に愛だけって事ではないということ。


お金だったり、疑似恋愛だったり、疑似社会ステータスだったり。


誰かが心の底で欲しいと思っている需要に対して、相手のプライドを削らないように、心の抵抗をかいくぐって、供給する事ができれば、それはきっと大きな利益になる。



ヒモである事を自慢する人間がいるのは、きっとその能力の高さを誇示したいがためだろう。
(事実、ヒモは優秀である。)



ヒモ生活は理想的で夢のある生活ではない。


顧客のニーズをしっかり読み取り、それを顧客のストレスにならないように提供ができるという点において、ヒモ生活は現実的で繊細でニッチを突いた優れたな人間ができる生活である。



こんな本まで出ているということは、やはり簡単な職業ではないらしい。実践方法が知りたい方はぜひ!!