理想の息子を想像してみると、めっちゃ手が掛かりそうなことに気がついた。

理想の息子にはわんぱくで自由を追求して欲しい


生きたいように生きて欲しい。


挑戦と努力を繰り返して、自由を自分の手で掴み取って欲しい。



だからこそ、わんぱくであって欲しいし、元気に跳ね回って欲しい。



そんな純真でエネルギッシュな子供こそが理想の息子だ。



私もそんな事を考えた事があるし、そういう息子が理想だと思う人は相当数存在するのではないだろうか?


規律正しく、社会のルールに従い、優等生で親を困らせない。


そんな息子は子供らしくないし、そんなステレオタイプな人間よりも個性を尊重したい!


自分の息子だからこそオリジナリティに溢れて欲しいと望むのは極めて健全な思考だと思う。


でもさ、現実としてわんぱくで元気な息子って


うるさくて面倒で扱いづらい。


自分のやりたい事は絶対にやりたいと思うから、それを実現するためには泣きわめくだろうし迷惑を掛けるだろうし、親に反抗もするだろう。もう少し大きくならば恨まれる事もあるかもしれない。


そんな要素も持ち合わせている事は間違いなく確かだ。


だって、自由で生きたいように生きるって事は他人の迷惑を省みない、という事に他ならないのだから。


ものすごい手が掛かるだろうなぁ。と現時点で考えてしまう。


面倒だろうなぁ、おとなしい子供の方がいいかもなぁ。なんて考えてしまう。


親が子供を叱るってことは


親は子供を叱る。よくある光景だ。それが何かおかしいとは思わない。


子供を叱るって事は行動に対して制限を掛けるという事だ。つまり自由からは離れる事になる。


とは言っても「子供の自由を尊重してるんで!」みたいな主張で世間の迷惑を省みないで子供に好き勝手な行動をさせているバカ親が正しいって事にはならない。


よっていずれ親は子供を叱る事になる。わんぱくな子供ほど叱る機会は増えるはずだ。



人を叱るのはとてもエネルギーを消費する。それも自分の子供である。精神的な疲労も結構なものになるだろう。


だからきっと親は子供を叱りたくないはずだ。世間から嫌悪の目線を向けられるのも嫌だし、個人的な体力精神力の問題でも嫌だし、息子の嫌な部分に直面するのも嫌だろう。



最初の内は頑張って叱るだろうが、疲れてくると「叱る機会を減らしたい」と思う事もきっと増えるのではないだろうか?


つまりは「おとなしい子供になって欲しい」と思ってしまう事が増えるのではないだろうか?


結果として「息子の自由を根こそぎ奪ってしまう」教育方針になってしまうかもしれない。


理想の息子に育てるためには、ものすごい量のエネルギーが必要なんだろうな

  • ちゃんと息子の悪い面にも向き合って。
  • 社会や常識が言う正しさに息子を染め上げないで。
  • 叱る度に全身全霊で心を込めて息子を叱る。

そんな事ができるからこそ、息子に「自由な心」を保持させたままで成長させる事ができるのではないだろうか?


  • 人に迷惑を掛けてはいけません!!
  • 社会の役に立ちなさい!
  • おとなしくしてなさい!


そんな言葉で子供を萎縮させる事は大人からすれば造作もない事だろう。




理想の息子を育てる道は莫大なエネルギーと途方もない愛情が必要なのだろう。