「貢ぎたい願望」を持っている人から貢いでもらうためのキャラ作りについて

世の中には貢がれる人ってのはいるらしい

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貢いでいる人がいるから、きっとそうなのだろう。


アッシー君とかミツグ君とか。もう昔の言葉だが、そういう人間もいたらしい。



貢がれるってのは良いもんだろうなぁ、と思う。だってタダで高級な何かが貰えるのだから。


高級な物がタダで手に入るってだけでも喜ばしい。


それとプラスで、こんな高級な物をタダでプレゼントしてもらえる私は、とっても価値の高い人間に違いない!って思う事が容易であるから、自己肯定感なんかも遥か右上に急上昇するはずである。


精神的にも金銭的にも充足を得られる行為。それこそが貢がれるって奴なのである。

どうして貢ぐのか?どうして貢がれるのか?


この行為から導き出される関係性ってのは間違いなく主従関係である。


片方が絶対的に偉い存在で、もう片方がそうでない存在である。


どうしてそういう関係性が紡がれるのか?


それを単純に考えれば、片方の人間が持っている物が、もう片方にとって欲しくて欲しくてたまらない物だからである。


だから、その何かを手に入れるために、譲ってもらうために、人は貢いだり媚びへつらったりするのである。



しかしだ。


実際問題、そんな事ってあるのか?と思う。


要するに綺麗なお姉さんに対して、まるで貧相なブ男が求愛行動をする一貫として、貢ぐというアクションを連続して繰り出すのであるが、その際にブ男が欲しているのは、「綺麗なお姉さんの愛情」である。



まぁ、確かにその通りなんだけど、実際に綺麗なお姉さんってのは魅力的なんだけれども、本当にそれだけなのかなぁ?と私個人としては思うのである。



仮に好きな人がいても、何万円もするようなブランド物をホイホイと貢ぐことができるってのが信じられない。

なんでも言うことを聞いてまるで、操り人形のように動く人の心理が理解できない。

そして、そんな奴隷みたいな人間を愛情を注ぐ対象と見てくれる可能性があるとも思えない。



で、そんな事を考えた上で思う事は、「世の中には隷属したい、従いたい、貢ぎたい」みたいな欲求を強く心に秘めている人間が存在するんじゃないかなぁ?という推測である。


みんなが王様になりたいとは思っていないんじゃないか疑惑

  • みんなが頂点を目指しているものだと考えていた。
  • 下層階級に自ら望んで突っ走る人間がいるなんて夢にも思わない。
  • 誰かの言いなりになるのが気持ちいいなんて、ちょっと何かがおかしいんじゃないかと思う。


そんな風に私は人間について考えていた。


しかしながら、本当はそんな事がないんじゃないか?誰かに思いっきり依存しきって、その人の操り人形になって、自ら思考するっていうストレスから脱却しようとする人もいるんじゃないか?って話である。



熱狂的なファン、ある団体の信者、貢ぎたがる男女。



そういう人間は相当数存在する。


ファングッズにしても異様に高価な値段でも飛ぶように売れるし、教祖様に関連するものならば何でも有難がられるし、見返りがなくても高級ブランド品をこれでもかとプレゼントする。



従いたい人間はいるのだ、絶対的な神のような存在を求めている人はいるのだ、思考を誰かに委ねたい人はいるのだ。



王様の条件と自立について


さて、そんな前提を踏まえた上で、多大な権力と金銭が得られる王様になるにはどうしたらいいのだろうか?


奴隷は幸福になれるかもしれないが、裕福にはなれない。


権力と金銭を好み、自分の思考こそが至高だと思えるようになりたい人についての話である。


こうやって書くと我欲満載であるが、もう一つ別の観点を持ち出すのならば、これは「自立のための思考」であると言い換える事ができる。



自分が欲求するものを認識して、自分でそれを獲得するために思考する。それこそが自立である。


なので、思いつくままに、「こういうのがその条件なんじゃないかなぁ」ってのを挙げる。

絶対的な自己肯定感


最近流行りの自己肯定感である。


根拠なき自信である。理由なんてどうでもいいから、自分は絶対的に優れた存在であり、生きているだけで私は素晴らしいのだ!と確信を持てる状態の事が自己肯定感の強い状態である。


往々にして、誰かに依存したい人間ってのはその逆である。だからこそ自己肯定感に満ち溢れた人間に依存することによって精神のバランスを保つのである。


依存対象の自信に確固たる根拠は必要ない。ただ必要なのは、

  • 自信が満ち溢れる
  • 導いてくれる、引っ張ってくれる
  • 守ってくれてる感を出してくれて、安心させてくれる


この程度のものである。


少しオツムの具合が悪くても、「絶対に一生お前を守るから!」みたいな事を平気でうそぶく事ができる人間の方がモテるって話である。


高校生の時なら特にそうである。大人になると現実を見始めるから効力は多少薄れるけど、それでも有効ではある。



現実の延長線上ではなく、全くの非現実を求める人間は多い。依存心が高く現実に憔悴しきっている人からすると、荒唐無稽でもいいから確信に満ちた人間が新世界に連れて行ってくれる!という妄言の方が魅力的であるのだ。



無論、自立できている人間ほど、こんな胡散臭い台詞には嫌悪感を示すことを留意しておきたい。

おわりに


思いつくままに挙げてみるとか言ってたけど、結局一個しか挙がらなかった。うん、まぁ仕方がないですね。


貢がれるために大事なのは中身ではない。キャラと外見と演出である。
(テクニックに長けている人は外見が醜悪でも敬服される)


世の中には騙されたい、貢ぎたい、従いたい。つまりは「なんでもいいから依存したい!」という欲求を持っている人が存在するという話である。


理想的な話をするならが、全ての人が誰にも依存せずに誰かを助ける事に専心できるのが良いのだろうが、そんな現象がこの世の中で発生するとは到底思えない。


よって、折衷案があるとするならば「自分が自立した人間になって、依存心の高い人達を良い方向へ誘導してあげる」というが良いのではないだろうか?


まぁ、難しい話である。


そうやって多大な権力を得て、自分の欲望が膨張に膨張を重ねて、おかしな方向へと突き進んで皆で仲良く天国へ行ってしまわれる事なんて往々にしてあるのだから。


人間から一切の依存心を消滅させる事は困難な事なんだろうけれども、それでも今よりちょっと少なくして、できる限りは自分の力で歩けるようになれば、人望的にも金銭的にもお得な事が増えるかもしれないよ、って話である。