次回予告の効果効能について

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ドラマでもアニメでもある予告について


終わりを作ってはならない。


でも放送時間に限りはあるし、仮に延々と見せ続ける事ができても、いずれは視聴者に飽きられてしまう。


だから、ちゃんと区切りを付けて、また次も見てもらえるように次回予告を作成する。


要するに次回予告というのは、「視聴者の欲求と関心を維持するため」の方法なのである。


視聴者に期待感を湧き上がらせ、「次もまた見たい」「楽しみ!」といった欲求や期待を高めるために予告を行うのである。



つまりは、次回予告ってのは次回の内容を予め伝える事ではない。次回もまた見てもらうために存在するのである。


だから、過度な演出や期待される内容とは異なったりする事が多々ある。予告詐欺という奴である。

予告の効能


商売という観点では、予告において嘘や過度な演出が入ることは、当然起こりうる現象であると思う。
(あってはならないと思うが)


だが、予告自体は素晴らしいものであるのは確かだ。


次に繋げるための宣伝行為こそが予告なのであるから、商売においても人間関係においてもとっても役に立つツールなのは確かだ。


また会いたいと思わせる事ができるか?

「この人にまた会いたい!!!」


こう思わせる事ができる条件ってのは簡単に考えても2パターンある。

  • 今日一緒にいて楽しかった!
  • 次にまた会うと楽しい事があるかもしれない、という期待がある


という場合である。


上が、「今日楽しかったんだから、次も楽しいだろう」という当然の推測である。


下については、「仮に今日が楽しくなかったとしても、次は楽しいかもしれない」と思わせる事ができるテクニックである。


そういう意味では、敗者復活戦的な効能が期待できるのが予告の効果である。


今回はつまらない物であっても、その分だけ次回は楽しくなる!というメッセージを伝える事ができるのも予告の効果である。
(今回の不快が次回への溜めである、という事を強調できるもは予告があってこその物である。)

期待と希望こそが意欲になる


人はなぜ結果のわからない未来に向かって突き進む事ができるのか?


それは未来に希望があるからである、良い事が起こるのではないか?という期待ができるからである。


その意欲を湧き上がらせるのが予告である。


明日は何をしようか?

一年後はどうなっていたいか?

将来の自分はどんな姿なのか?



そんな事を自分なり予告してみて期待してみて、希望を胸に抱くからこそ、人はなんでもない行動でも夢中で取り組む事ができるのである。


次回予告は素晴らしいものである。

今日の終わりに明日の予告をしてみよう。期待と希望を持って計画を立てる事は楽しい事である。