理想の貯金額とか考えてどうするの?無駄。稼ぐことに目標を立てた方が建設的。

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何歳ならこれくらい貯金しないと!!


年代別の理想の貯金額を発表するような記事がある。あれの需要がわからない。


だってさ。じゃあさ。その理想の金額を私が知った所でなんかできるの?急に自分の貯金口座のお金が増えるの?そんな訳がない。


ならあれか。20代の間に30代の理想の貯金額を知っておいて、その金額に至るために20代のうちからコツコツと節約生活に励む事が幸せなのか?良いことなのか?と問われたら、私はそうではないと思う。


これは理想の貯金額でも、年代別の貯金額でも同様である。そんな事知ってどうすんだ?意味あんのか?と心の底から思う。



それとも貯金額の発表ってのは、世間の理想や平均値ってのがどのくらいかを知って、自分がそれに対して優越である事を実感して快感を得るために存在するのだろうか?いや、でも理想の貯金額を上回る人間は少数であろうし、平均金額を超える人間ってのは半分しかいない事になる。快感を得るにはあまり効率の良い方法だとは思えない。

なんであれ基準を求めるのが人間だ


人間は比較が大好きだ。仮に比較の結果として自分がランクの低い人間であると知ったとしても。それでも自分の立ち位置を知らずにはいられない。


人間にとって、どうしようもなく大切なお金についても、何らかの基準が欲しいと思うのが人間の性なのだろう。


だから、正確な平均額が取得できるのかもわからないような貯蓄平均額と自分の預金通帳を見比べてみたり、理想を貯金額を引き合いに出して自分を叱咤激励したりする。


線を引いてもらい、その上で自分という点がどの位置に存在するのかを知りたい。


社会的な生きものである人間ならではの行動だが、あれはそんなに意味があるようには思えない。

比較している暇があったら働いたらいいのに


学生時代を思い出す。平均貯金額の事を聞くと学生時代を思い出す。


「このテストの平均点は何点ですか?」


どうでも良くない?それ。


それがわかったらなんなんだろうか?そんな事を聞いて一々思い悩むくらいならば、間違えた箇所の復習をしたり、新たな知識の吸収作業に徹したほうが将来的に高得点を出すことになるんじゃないかな?



という昔に感じた文句が今回の話しにも当てはまる。


さっさとお金儲けに勤しんだら良い。潤沢な貯金額を有している人間はそんな記事に興味はない。夢中になったりはしない。気に病んだりはしない。



理想の貯金額に到達することよりも、そんな心理状態でいられる方がよっぽど理想的なのである。



よって、現時点での理想的な行動は、理想の貯金額を詳細に知ることではなく、理想の貯金額に興味がなくなるくらいに働いて働いて働く事である。



人は比較が大好きで、機会があれば即座に比較を始めてしまうくらいの比較中毒者であるので、その点には注意するべきだ。


どの点で比較をするべきか、どの点で比較をしないべきか。


そこに重点を置いて考える事こそが私をより良い方向へ進ませるのだと思う。


【貯金額を気にするよりも、今すぐに貯金をした方が建設的!!】