理想の奥さん、彼女は完璧じゃない人。不完全さを許容できる人。

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完璧さなんて私は求めない

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ヒステリックな人間ほど面倒なものはない。これは男性でも女性でも言える事だ。


ならば、私は少しくらいてきとーで不完全でも、それを受け入れて明るく笑える人の方が素晴らしいと思う。



家庭に何を求めるのか?恋愛に何を求めるのか?


それは人によって多種多様なのでだろうが、私としては「安心、平穏」って奴が大切な要素だと思っている。


完璧に美味しい料理を求めるのならば、私は料理店に行く。私が家庭で求める料理ってのは味が中心ではなく、親密な人間同士が交わされるやり取りなのである。


たまに料理の腕は物凄く上手なんだけど、一々神経質で細かくてうるさくてヒステリックな女性がいる。どんなに料理が上手でも、料理店よりも美味であっても私はそういう人と親密になりたいとは思わない。先に言った通りで、美味しい料理が食べたいのならば、美味しい料理店に行くからだ。



そういう意味で完璧さを追求する相手を好きにはなれない。


「完全には不完全さという要素が欠けている」と言った風な台詞をめだかボックスという漫画で見た。言葉遊びだが全くその通りだと思う。



人間の素晴らしさと機械の素晴らしさ


機械の素晴らしさは言うまでもない、同じ動作を何回でも正確に繰り返せるという点にある。


機械はそういう観点では物凄く素晴らしいものである事は確かだが、その素晴らしさを人間にそのまま輸入する必要はないと思う。


これも繰り返しになるが、機械のような素晴らしさを求めるのならば、機械を購入すれば良いのである。そんな物を人間に求めている訳ではない。



ならば、人間的な素晴らしさってのは何なのか?って所になる。


なるのだが、正直な所、それを明確に言語化するのは難しい。あえて答えを出すならば、言語化できないような素晴らしさが人間にはあるから人間は素晴らしいのだ。という結論を出すことはできる。


でも、それだと完璧さに自分の価値を固定してしまって、完璧である事に固執している人からすれば、どうやって対処すれば良いのかわからないだろうなぁ、と思う。


なのでここでは、何を目指したら良いのかは明言できないけれど、何を目指したらいけないのかって事しか言えない、最近で言う所の「しないことリスト」って事なのだろう。




やらない事をやらない事に徹する事ができるのならば、その後に残った物はやっても良いこと、やると良い事になる。そうやって消去法的な思考でよりより物を求めていくって方法もアリだと思う。

安心と不完全


失敗談を話すと相手から好意を抱かれやすい。


無論、過度に過ぎれば侮蔑の対象になるのであろうが、人間関係において相手を安心させるって事は自分の弱みを晒す事、相手を油断させるって事でもあるのだ。



「どの面においても、自分より圧倒的に優れている存在」


そんな人間がいたら、嫉妬や羨望の感情が生まれてしまい、相手を心から受け入れる事ができないのは、人間として自然な心の動きである。そしてそんな人間と仮に側にいて生活をすることになっても「自分の存在意義が見出だせない」という問題に直面することになるから、結局はその関係性は破綻する事になるだろう。



だからこそ、不完全さを人は愛するのだと思う。


誰かができない事を私がやってあげるって事によって、私の価値は発生するのだから。


私の価値を発生させてくれる人間と、私の価値を削ぎ落とす人間がいたら、愛さえるのは価値を発生させてくれる人だろう。


だからこそ不完全さってのは大切なのである。誰かに頼る事は大事なのである。その辺のバランスが良い感じに機能するのが良い人間関係である。



よって、私は完全さを追求してヒステリックになる人よりも、不完全さを許容して明るく笑える人が好きだ。


そんな奥さんこそが理想!!