理想の夫婦生活、恋愛関係は干渉し過ぎないで距離感を保てる関係!

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距離こそが戦いの極意!

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いや、戦いではないのだが、それでも大切な要素であることには違いない。


私は夫婦生活を知らないけれど、それでも距離感が人間関係において超重要である事は今までの人生経験の中で脳内に何回も刻み込む機会があった。


なんでも近ければ良いというものではない。恋愛初期は近づきたくて仕方がないのは仕方がない感情であるし、それでもお互いの需要と供給が一致しているから何ら問題はない。


しかしながら、ある程度長期の関係性を築いていく事になると「会いたいから会う」という単純な気持ちだけではまかり通らなくなってしまう。


というかそもそもの問題点としては「会いたい気持ちが薄れてきた」みたいな問題があるから、その辺からして考えなくてはいけないのである。


そんな時に大切なのが、やはり距離感であると私は思う。



いつもそばにいるのが当たり前。



これは物凄く幸せな事であり、素晴らしい事である。しかし当たり前である事について常時感謝の念を抱くことができる人間は少ない。



毎日同じようなタイミングで同じような刺激を与えられる事について、いつも新鮮な気持ちを抱く事ができたらその人は人間としての何かを超越した存在である事は確かだ。



人間の能力の素晴らしさの一つに「慣れる」というものがある。つまりは飽きるって事だ。



その飽きは、距離感によってもたらされる事が大きい。

慣れと飽きと距離感と好きな食べ物


夫婦生活から一回話を逸らす。


カレーの話をする。


カレーでなくても構わない。しかしカレーという食べ物は大概の人が大好きな食べ物であるので、ここではカレーとする。

さほどカレーが好きではない人、もしくはカレーが憎らしくて仕方がないと思う人は、別の食べ物で代替してくれると有り難い。



で、カレーである。カレーが好きな人はたくさんいる。


しかし、カレーを一年中毎日食べ続ける事ができる人はきっと少ない。だって飽きるから。毎日同じものだと退屈だから。


よって人間は、その飽きを解消するために、日によってカレーのトッピングを変更してみたりとか、まったく別の料理を食べるとかして、毎日の食生活に新鮮を保ち続ける。


毎日同じ事をしない、という事を毎日定期的に取り入れているから、私達は食事に楽しみを見出す事ができるのである。


毎日食べるカレーには退屈しても、たまに食べるカレーは新鮮で美味である。


カレーの話、終わり。


で、この話で何が言いたいかって、まぁ簡単な話で「いつも同じ距離感で一緒に生活していれば、どんなに好きな存在でも飽きるよ」って話。


カレーでさえも飽きるのだ。ならば夫婦生活や恋愛関係に飽きが来るのも不思議ではないだろう。


しかしながら、人間はなぜか飽きの話に登場する要素に人間が出て来ると、その当たり前で大切な事実すらも簡単に忘れ去ってしまう。


「愛の力は最強で無限大で永遠で絶対なんだ!」



そんな妄想を盲信している人ってのは結構な数で存在して、その怪しい思い込みによってせっかく築き上げたかけがえのない関係性までをも崩壊させてしまう事態にまで展開させてしまったりする。




「人間は何にでも慣れる事ができるんや」

そんな台詞をナニワ金融道で聞いた。このケースはカレーだけでなく夫婦生活でも恋愛関係でも言う事ができるだろう。



対象に人間が絡むと、飽きるとか慣れるっていう感情が倫理的に許されないような気がしてしまうのが人間らしさなのであるが、ここは当たり前の事実を素直に認めて、それに則った上で最適な関係性を紡ぐ方法を考えた方が妥当なのではないだろうか?


距離を意識して人間関係を再確認してみる


さて、慣れと飽きこそが人間関係においての大敵。そういう話をここまででしたかった。


ならばその大敵をどうやって打ち倒すのかを考える事が人間関係という戦いに勝利するための鍵となる。


そこで登場するのが距離感って奴になる。


先のカレーの話に基いて話をするならば、「カレーを食べる機会を減らして、他の食事に切り替える習慣を持とう!」という結論になる。



ここまで考えて、夫婦生活や恋愛関係を食事で例えるのが間違っていた事に気づいた。


この例え話に則った上で結論を出してしまうと、「毎日同じ相手と関係を持っていると飽きるから、たまには違う人と関係を持つと幸福になれるよ!」みたいな展開になってしまう。それはまずい。アカンです、例え話がおかしかったです。




まぁ、あれだ。私が言いたかった事は「毎日同じ刺激が続くと飽きてしまうから、距離感という調整弁を持って新鮮さを維持しましょう!」という事が言いたかったのである。


毎日会って、当たり前に生活している人間には慣れる。


でも一週間程度会わなかった人間と再開すると、顔を見ただけで喜びが溢れてくるような感情は誰でも経験した事があるだろう。


それが1ヶ月ならばもっとだろう。だから同窓会などの旧友と久しぶりに会うっていう行事は人気が高いのである。


マンネリ化が慢性化してしまった夫婦や恋人はこれを取り入れてみてはどうだろうか?


一週間程度であれば、大したリスクもなくお互いの有り難みを再実感できるチャンスになり得る。
(あまりにも期間が長いと取り返しがつかなくなる場合もあるから注意すること)


どんなに素晴らしい存在でも、いつも身近にあると、その素晴らしさを忘れてしまうのが人間だ。


ならば解決策は簡単で、その素晴らしさを定期的に思い出す定期的な習慣を取り入れれば良いだけの話である。


「飽きた、慣れた」

そういった単純な事実を見逃して、退屈の原因を別の所に求めようとすると、相手の悪い所や文句ばかりが増えてしまう。


本当の所は単調な刺激に飽きたって所かもしれないので、その刺激をリセットするだけで生活は激変する。


刺激ある生活というのは、変化がある生活という事だ。



変化に富んだ刺激的な夫婦生活、恋愛関係でありますように。


【これが利くのかはわからないけど、この系統のブレスレットは昔は欲しくてたまらなかった。】