無駄に苦労して無様に死んでいっても、それでも懸命に生きた人は笑えない

スポンサーリンク

失敗者は無様だろうか


失敗した、という事は少なくても挑戦した、という事になる。


挑戦した人間は無様だろうか?そこを笑ってはいけないように思える。


まぁ、負けた人間は買った人間に比べれば価値が低いのかもしれないけれど、だからと言って負けた人間をあざ笑うような人ってのは、もうその時点で何か負けているような気がする。



人生の勝ち負けや意義ってのを何に見出すのかは、人によって様々なんだけれど、そんな中で共通するのはやはり「挑戦」だろうと思う。


そして挑戦に失敗や不幸は付き物だ。成功と幸せが過剰宣伝されているような世の中だけれど、死人に口はないから現実が伝わらないだけで、挑戦にだってデメリットはある。



「夢→挑戦→成功」という図式が過剰宣伝によって脳内にそれが当たり前だと思いこんでいる人は、よく失敗者を笑う。なぜなら、実際にやったことはないけれど、挑戦=成功は当たり前だと思っているからだ。自分がやれば絶対に成功したという確信が、やったこともないけどあるからだ。



また、挑戦することから諦めて誰かを羨んで生きる人間も、よく失敗者を笑う。なぜなら、本当は挑戦すらできない人間からすれば、挑戦=失敗という図式の方が自分の現在の思考と行動を救ってくれる材料になるからだ。



だからこそ、失敗者ってのは笑われやすい。バカにされやすい。成功者よりも失敗者の方が実は圧倒的に多いのに、まともに挑戦した事のない人が失敗者をあざ笑う。

失敗してもいいから挑戦したい


人生とは何か?ってのは答えが難しい。人それぞれであるし、私の中のモヤモヤを上手に言語化するのも難しい。


しかしそれでも、自分が求める何かに対して挑戦して懸命に生きるって事はやはり大切なのだと思う。


当たり前の、ありきたりな事なんだろうけれど、それを忘れてただ漠然と生きていると、失敗者を笑ってしまう事がある。少なくても漠然と生きている人よりかは「生きて」いるにも関わらず。



無様でもいいから失敗した方がいいのかもしれない。

無駄で効率が悪いと罵られても懸命に生きる方がいいのかもしれない。


安全圏で気だるく誰かにケチを付けて生きるよりかは、果敢に挑戦して無様に散った方がまたマシなのかもしれない。


まぁ、挑戦して成功するのが一番良いの事実だが。


少なくても、失敗者に敬意を


挑戦こそが人生!挑戦しない奴はクズだ!


なんてことは言わないにせよ、「無駄に苦労して無様に死んでいった失敗者」は笑えないし、敬意を払って接するべきなのではないだろうか。


「世の中なんて結果でしか評価されないんだよ!」というのは至極正論だと思う。「その人が頑張っているかどうか」なんて私は注意しないし、「質の良い結果を出している商品」に対して魅力を感じるのは事実だ。



それでも懸命に生きた人間の過程までをも愚弄する筋合いはない。そして、その生き方の姿勢に見倣うべき箇所がたくさんあるのも事実だ。


結果は勿論大事である。結果ことが最優先目標である事は確かだが、過程あってこその結果である。


欲しいのは結果だけれど、そのための過程を誠実な姿勢で見つめていこうと思う。