長期戦を前提にして考える事によって「自分の才能と向き合う」事ができるようになる。

世の中は結果でしか判断しない

世の中は結果が全てである。だから過程なんか気にしないで、結果を出す事のみに専念しろ!過程なんて言い訳だ!


そういった論調は確かにある。そしてそれが大きく間違っているとは思わなない。


「だって、僕、一生懸命頑張ったんだよ!」という主張で得られるのは、周囲からの同情と嘲りの視線と「頑張ったで賞」が関の山だ。



世の中ってのは最終的には利益を求めるのだから、グタグタと立派そうな向上を述べ立てた所でも、結局は結果を追求するのである。それは悪い事ではないし、容易く批判できる事でもないだろう。なぜならば、私達も過程なんかには目もくれず、価格と性能で商品を日々選定しているのだから。

世の中基準で行動してはいけない

しかし、この意見は世間、世の中、社会という視点から見た時の話であって、自分一人の長期的な観点の上で成り立つ意見ではないと、私は思う。



「自分の目先の利益のためだけに、目の前の勝利をどんな手段を用いてでも手に入れる」というのは将来的には大した利益にはならない。という主張だ。



自分が成長しないやり方で、結果を得る、という方法が世の中にはたくさんあって、そっちの方が短期的には大きな成果を出してしまう事もあるのだ。


そんなやり方にいつまでも固執していると、自分自身の成長は一切見込めず、将来的に今以上の成果を手に入れる事が困難になってしまうだろう。むしろ卑怯な手段というのは淘汰される傾向にあるから、今よりも惨憺たる結果になってしまうかもしれない。


そんな時になって「大事なのは結果じゃない!過程なんだ!」と叫んだ所で手遅れになってしまっては、どうしようもない。


人の成長は着実に進むものではあるが、その速度は非常に遅い。だからこそ、過程と目的を重んじて日々鍛錬を重ねる必要があるのだ。



だからこそ、長期戦を前提として何かを目指す事は大切だろうと、私は思う。


短期戦だけで行動していくと、「どんな手段でもいいから、とりあえず成果を手に入れる」事が可能になってしまう。


しかし、長期戦ではそうはいかない。とりあえずの行き当たりばったりでは上手くいかない問題が長期戦だと山積みになり、道半ばで倒れてしまうからだ。


長期戦で勝利するためには、「綿密な実行計画」と「自己の能力の成長」が絶対に必要になってくるのである。



長期戦を前提で計画と行動を決めていけば、短期戦である一日一日の行動も、「計画の遂行」と「成長」を意識したアクションが取れるようになる。



それによって、すぐに結果に繋がる行動は取れなくなり、目先の利益は減少するかもしれない。



だが、最終的に勝利するのは絶対に長期戦を前提にして成長を日々重ねていく人間である。

目標がなければ明確な行動は取れない


極稀に明確な目標がなくても、今現在の行動に全力を尽くせる人間がいる。


だが、大概は目標がなければ時間を無為に浪費してしまうだろう。


とはいえ、例えばブログにしても、書き始める度に「私はこの記事を書くことで、何々の能力を成長させるぞ!」と一々気張って書くのも精神的な骨が折れる。


だから、目標は無意識の中にしっかりと根ざしている物であれば良い。


3キロのマラソンを始めた当初から、ゴールの事ばかりを考えては疲れてしまう。


だが、いつだって走り続ける先にはゴールがある事を知っている。


そんな感じで目標を持って走るのが適度なバランスだと思う。



【熱くなってきたから、マラソンする時には水分補給をしっかりと!】