せっかく倹約の記事を書いたのに、その次の日に牛丼大盛り550円(つゆだく)を食べてしまった。

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人の気持ちはすぐに移ろう

以前、倹約の記事を書いた。


www.irotokata.com


最近、貯金したい事情があったから、倹約にハマっていたから調子に乗って書いた。きっとその時の私の表情は終始ドヤ顔だっただろう。



で、後日、吉野家で牛丼大盛りつゆだくを食べた。550円だった。とても美味しかった。



食べた後に思った。「やっちまった」と思った。


「でもストレスが溜まってたんだから、仕方ないよね!頑張ってる証拠!自分へのご褒美!」


本気で食べ終わった後にそういう事を思った。


人間ってのは自分のやった行動については、できるだけ正当化しようとする働きがあるらしい。我ながら、ふざけている野郎だな、と思った。



反省している、でも牛丼は美味しい。でも高い。でもストレス溜まってるし、最近スゴイ頑張ってるし。


そんな二律背反の感情は私の脳内をグルグルと駆け巡りながらも、次の日も吉野家に行った。今度はチーズ豚塩丼を食べた。やっぱりチーズって最高だと思った。


一つわかったのは、今の私に倹約の記事を書く資格はない、という事だった。

吉野家のメニューが魅力的だからこそ、私は倹約ができない

言ってしまえば、これは吉野家が諸悪の根源だと言う事は言うまでもない事なんだよな。


私としても、できればこんな事は言わずに穏便に済ませたいとは思ったいたけれども、こうでもしないと問題は解決しないと思ったから。つまりは私は皆のためを思ってこの記事を書いているのだから正義の使者だと言っても差し支えないだろう。


だってさ、美味しいじゃん、吉野家の牛丼。


「牛肉+白いごはん+牛肉の旨味が存分に効いている汁」


こういうシンプルな組み合わせこそが、結局の所は最高の美味だって事を吉野家は伝えてくれる訳じゃん。


そして尚且つ、毎日の食生活の中では、シンプルで最高の組み合わせだと言っても、人間の舌はそれに慣れてしまう事にも配慮して、他にも魅力溢れる商品を作ってくれる訳じゃん。チーズトッピングとか神の所業じゃん。食べるに決まってるじゃん。


さらには吉野家には最強のメニューがある。「うな重」がある。


この暑い季節に、体力が自分の体内からごっそりと奪われた後、自分の体力精神力をめいいっぱい何かに注いだ時。


今日という一日を充分に生ききった証に、そして明日からまた自分の命を全力で燃やすために、栄養満点滋養強壮夏バテ防止の「うな重」を提供している吉野家である。


多少値段は貼るけれど、今まで私は一度も食べた事はないけれど、私は「うな重」を食べたいと心の底から願っている。正直倹約とかどうでもいい。

倹約よりうな重


貯金は欲しい。楽もしたい。でも美味しい物が食べたい。


人生は選択の連続であり、ジレンマの連続である。


何かを捨てれば何かを得るし、何かを拾えばその時に何かを知らない内に落としていたりするのが人生だ。


私は「この倹約生活を実践すれば一日の食費は550円で済むぜ!」とか豪語しておきながら、一回の食事で550円を消費している。


私は貯金を犠牲にして、豪勢な食事(牛丼)を手に入れた。



そこに対して、何が悪くて何が正しいのか、もう今の私にはわからない。


世界に絶対的な正しさなんて無いことを知った。貯金を犠牲にしてでも、私はうな重が食べたい。


でも貯金をしなければいけないのも確かだ。



あぁ、そうだ閃いた。うな重食べたら倹約を再開しよう。


【ほら見て!美味しそうでしょ!倹約とか貯金とか、どうでもよくなりませんか?】