人柄の良い無能を通して人格とは何かを考える

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外見で人は判断してしまう

人間を尊敬する時がある。

今までにそういう事は、少なからずあったし、それは人として普通の感情の働きであると思っていたので深く考える事は今までなかった。



最近、新しい人と知り合う機会があった。一緒に仕事を片付けるための、パートナー的な役割としての新しい人。


知らない人と知り合いになるって事は、ストレスの塊みたいなものだから、私としても緊張していた。だが、会話を交わしてすぐにその緊張は解消される。


外見は綺麗な身なりで服装も髪型もしっかりしているし、何より話し方、穏やかさ、丁寧さという、人柄の良さが存分に伝わってきたからである。



私はわずかな時間で「この人なら大丈夫そうだな、尊敬できそうだな」と安心する。今振り返るならば、我ながら間抜けだと思う。



昔の私は安心した気持ちでその人と一緒に仕事に取り組む。役割は別。一つの目標に向かって進む。



余裕がある時はいい。他人の悪い点にも目を瞑る事ができるから。だが余裕にも悪い点があって、それは他人の悪い点を無意識的に見ないようにしてしまう所なのだろう。



時間があるから、問題ないから、できる限り批判と争いは避けたいから。そう思って私もその人に対する違和感から目を逸らす。



人柄と仕事の成果は関係ない


人生には何事にも浮き沈みがある。ただその浮き沈みのリズムやタイミングは場所によって様々だ。この場所に関して言えば、穏やかな晴天の空から突如、雷と氷塊が落下してくるような現象が発生した。



余裕がある時には、「他人のために何かやってやろう、人の役に立ちたい」と思う人間であっても、自分の命が危険に晒されれば「他人の命なんてどうでもいい、私を助けるために皆とにかく頑張れ」と無遠慮に思うものである。人間を測りたいと思うのならば、発言だけではなく、環境と能力をよく知る必要があると、今ならば思う。



かくいう私も結局は、自分に余裕がある時だけ善人ぶって問題から目を逸らす部類の人間だったようであり、事態が悪化してから問題に着目するようになった。



「私のパートナーには決定的に能力が欠けている」という大きな問題から逃げていた。


ただ、人柄がいいから、丁寧だから、汚い言葉を使わないから。それだけである。仕事に関してはまるで無能だった。何回も考え直したが、やはりそうであった。


結果として、大変な目に遭った。

人格ってのは、利益においては「おまけ」に過ぎない


そんな経験を基に、私は人格とは何かを考える。


良い人ってなんだよ?っていう素朴な疑問を再燃させる。


どうだろうか?いつも穏やかでニコニコしていて悪口なんか一切言わないで、自分の話に合わせて楽しく会話をしてくれる人。これは良い人だろうか?きっとそう思う人はたくさんいるだろう。



しかしである。その人が能力的にはまるで無能であり、管理能力も専門知識も意志疎通もできないで、仕事に対してなんら成果を出さない人物であったらどうだろうか?良い人だろうか?人格者だろうか?



職場という環境においては、余計に人的コストが掛かるだけであり、無益な人間がそこにいるだけなのだし、その人に対する意思疎通のコストの分だけ逆にマイナスになるだろう。


職場においての、優れた人間というのは仕事に対する成果をきっちりと出す人間の事だ。


多少口が悪くても天才的な頭脳を持って自分の仕事を助けてくれる人間の方が価値が高いのではないだろうか。

多少乱暴でも、みんなをより良い方向へ引っ張って行ってくれるリーダー的存在のほうが価値があるのではないだろうか。




いつも穏やかでニコニコしている無能は、近所のおじいちゃんであるならば快適な良い人かもしれないが、職場という環境にはまるで適合しない悪い人に成り下がってしまう。



良い人ってのは


そんなこんなを考えると、結局「良い人」ってのは自分に対して利益を提供してくれる人間に他ならない。



お金が自分を支配しない子供の頃ならば、優しくてニコニコしていてなんでも受け入れてくれて、たまに1000円ぽっちのお小遣いをくれるおじいちゃんの方を「良い人」だと認識するだろう。基本厳しく、たまに優しい、間違っている事は間違っていると判断して怒ってきて、毎日数万円もの大金を何十年と提供してくれるお父さんの方が「悪い人」だと認識する事もあるだろう。



結局は自分本位であり、自分の生命に危機が迫った時に良し悪しの概念なんて簡単に覆る。


人の役に立ちたいならば、まずやるべきこと


良い人になりたいと本気で願うのならば。人の役に立ちたいと強く思うのならば。まず最初に体力満点で頭脳明晰な人間になりましょう。



私はこういう事をこの体験を通じて学んだ。人柄だけの表面上だけ丁寧な無能ほど害悪な人間はいない。そんなのは嘘であり詐欺である。10円の商品をまるで1万円であるかのように見せて販売するのは詐欺に近しい。



人は外見で判断してしまう生き物である。だからこそ態度や言葉遣い、身だしなみは重要だ。


だが、言うまでもなくそれ以上に能力は重要である。それがなければ基本的には詐欺である。(モデルや俳優さんなどの外見を売る商売は無論別だが)



ちゃんと体を鍛えましょう。たくさん勉強しましょう。そんな単純な事を思う。



その環境に対して、自分が利益を提供できるようになるからこそ「良い人」になれるのである。