嘘つきは革命の始まり

嘘の利点


嘘を付いたら悪いだろうか?人を騙したら悪いだろうか?



これは多くの場合で悪い事になる。嘘がバレないようにずっと騙し続ける事ができるのならば、悪い事ではなくなるが、それは簡単な事ではない。疑似の情報を継続的に相手に提供し続ける事ができて、それが論理的に成立するのならば、それは素晴らしい才能である。小説家やクリエイター系の才能があるのではないだろうか。



間違った情報を他者に与えて、それによって不利益に追い込む事は悪い事なのである。


レアケースとして、間違った情報を他者に与えて、それによって相手を幸福にする場合もあるが、それは先程言ったように物凄い才能が必要なので割愛する。



基本的に凡人の場合は、他者に嘘を付く事は悪徳になってしまうのである。



大概の場合、悪い結果に陥ってしまう行動の事を私達は「悪い事」だと定義する。


それ故に、私達は嘘の利点を深く知る機会を損失している。

嘘の自分を演じる


嘘は自分に対して付くべきなのである。無論、それによって自分に利益を与える目的で嘘を付くのである。




というか「新しい自分に生まれ変わる」とか「優れた人格になる」とか「有用なスキルを身につける」とかの類は言ってしまえば全て嘘である。なぜならそんな自分は今ここには存在しないのだから。


現状ベースの自分はそんな能力を所有していないにも関わらず、目標の自分に演じきるからこそ、目指す姿へと変身できる。



嘘は繰り返すと本当になる。


というよりかは、嘘の情報量を増加させる事で、本当の情報量を圧倒し、「嘘と本当が逆転」する現象が発生する。


だから、嘘は革命の始まりなのである。自分にとって良い嘘は果敢に付くべきである。


嘘は革命の始まり


無理やり今日の良かった事だけを捻り出して自分が幸せである事を強調する嘘も素晴らしい。

イケメンの真似をして自己イメージを綺麗に装飾するのも素晴らしい。

理想の何かに向かって突き進むための嘘は素晴らしい。




「現実を見ろ!」という言葉は集団生活や金銭や利益が絡んだ時には大切であるが、自己を変革させようとする時にはまるで不要な要素である。




いつの時代でも不変の正義が存在しないように、一生涯自分という存在が同じである道理もない。


その革命のきっかけは自己の淡い期待であり、その理想を具体化するための嘘である。



退屈な日常に辟易しているならば、つまらない自己に嘆いているならば、希望に溢れた未来があるならば。


今こそ自分に明るい嘘を付く時である。


理想の自分を大いに語ろう。