おそ松さん二期を祝して「いまさらだが」どうして人気が出ているのか考察する

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どこから見ても美しい形


あれが腐女子ウケするなんてのが未だに信じられない。


単純なるギャグアニメではないのだろうか?だが違うらしい、あれは腐女子の支えが大きいらしい。



私は腐女子ではないので腐女子の考えはわからないので、結局の所はどうでもいいのであるが、それでも一つの作品が人気の理由ってのは性差や世代によってまるで違うって事はよくわかった。


一つの対象物であっても、観察者の位置や性質によってその見え方は違う。


それが当たり前なのは極々自然である事なのだが、見え方がまるで違うにも関わらず「異なる複数の観察者から高評価を得られる」というのは恐ろしい事態である。



どこから見ても良い形。それは「理想に焦がれて現実に失望する」みたいなよくある人生の絶望パターンを根底から否定するような、革命的な現象である。



男子女子にも高評価。


男性の目にはギャグマンガ、女性の目には腐女子要素。


見え方が違っても、皆が一つの物に対して好感を得られるのであれば、それは一つの平和の形なのかもしれない。


そんな事を訴えかけてくるおそ松さん。素晴らしい作品である。

抵抗がないという魅力


私自身、ギャグ漫画が大好きな部類である。特にうすた京介さんが大好きな部類である。


おそ松さんをギャグ漫画だと認識して視聴し始めた訳ではないけれども、おそ松さんがギャグ漫画だと認識してから画面に没頭し始めるまでにそう時間は掛からなかった。


別におそ松さんの原作を見たことなんて一度もない。

出演している声優さんに聞き覚えはあったけれども、別にそんな「誰々が出てるから見る!」みたいなファン根性はない。



抵抗なく視聴が開始できたし、抵抗なく笑う事ができたし、抵抗なく見続ける事ができた。



今思えば、それこそがおそ松さんに人気が出た理由なのではないか?と今ならば思う。


「見る理由」よりも「切らない理由」

つまりはどういうことか?


「視聴したいと思うだけの要素が数多く存在した訳ではなく、視聴を辞める動機が少なかった事」におそ松さんの人気の秘訣があったのではないだろうか?という事である。

  • 赤塚不二夫という巨匠が作り上げたキャラクターが新しいアニメとして登場している。
  • 無論、巨匠の作り上げた素晴らしいキャラクターなので、見る事に抵抗がない。
  • しかしながら、アニメの展開としては至極現代風である。
  • しかも、結構キワドイことまでやる。(お笑い的な意味で)


要は「とっつきやすく、先が気になる」という状況を「過去の偉大な作品を大幅にアレンジする」ことによって作り出しているのである。


人はある程度長時間見続ければ惰性で見続ける。(よっぽど酷い内容でなければ)


見続ければ良い所は自然と見つかるのである。よって好循環的に人気が出る。

おそ松さんはこれからも人気が続くのか?


というのが私の勝手な分析である。


で、その勝手な分析を基に「今後のおそ松さんの人気はどうなるのか?」を考えてみる。



「視聴を辞める動機が少なかった事」によって売れたとするならば、今後継続的に人気を出すためには「視聴を続ける動機がたくさんある事」に力を注がなければいけないのだと思う。



人間はある程度の時間が過ぎれば、ふとした瞬間に立ち止まり、己の振る舞いを再確認する。


その時に自分にとって無意味な物は捨て去って、新たな何かを手にしようとするのである。


ならば今こそが「おそ松さんにとっての、ファンが立ち止まって考える時期」なのではないかと思う。



奇抜性で「視聴を辞める事を辞めさせる」のには成功したが、この先どんな要素を持って「視聴を続ける事を続けさせる」のかに掛かっている、という事である。


その何かが見いだせればおそ松さんの人気は鰻登りだろうし、その何かが見つからずこのままならば尻すぼみだろう。


というのが私の勝手な考察である。




どうにも批評は難しいのである。慣れの問題かね。どうにも考察とか推測とか予測とかの類は何でか知らんが偉そうな感じが出てしまう。



やはり何かに対して評価をするというだけで、場合によっては、それは一つの無礼であるのかもしれない。


とはいっても、そんなこと言っていたら何もできやしないから、人と人は思想の自由を振りかざして今日も平和に言葉をぶつけ合うのである。