経営者視点から見た理想の社員とは

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理想の社員像はホームページを見ただけではわからない

経営者視点から見た理想の社員像を考えるためには、まず経営者が何のために経営をしているかを考える必要がある。


経営者だって人間なのだから、欲もあれば目的もある。それを達成する手段として経営という行為に人生の長い時間を費やしていると考えるのが妥当であろう。


さて、その欲や目的とはなんだろうか?グローバル社会のイノベーターであり続けたいみたいな、どこかの企業理念にありそうな事を願っているのだろうか?

会社がどんなものであるかを考える時には、大概の場合四季報だったりホームページだったりを閲覧してその企業を知ろうとするのだが、実際問題それらの資料は「宣伝、飾り付け、虚飾」の類だったりするから、鵜呑みにしてしまうのは早計であろう。




ドラマでも漫画でも宣伝でも、それをそのまま丸パクリして演じようとすると必ず無理があるし綻びが生じる。

なぜなら、表現者の目的はそれではないし、大概の受け手も「これは架空の話だ」という事を認識した上で楽しむのであるから、現実に架空のキャラクターを気取った人間が出現したら気持ち悪さしかないのである。現実にまるでそぐわない何かは、現実では長く生き残る事ができないのである。



という訳で、企業のホームページ等の資料だけで、企業そのものを知ろうとするのは完全に間違っている。


それだけで判断しようと思うのならば、実際に働いている人の話でも聞いた方が何十倍もマシであるし、実際に働いてみるのはもっと良いだろう。



とはいっても「即席で私は経営者視点での理想の社員になりたい!どんな企業でも引く手あまたになりたい!」という人には難しいかもしれない。


なので、今回だけとっておきの情報として「経営者にとっての理想の社員とは?」について秘密裏に提供しよう。

これが経営者視点での理想の社員だ!


経営者は「労働力を金で買って、よりたくさんのお金を得ようとする」のが大原則である。

よって、理想的な社員とは、こうなる。


「できるだけ安い値段で自分を提供し、より多くの労働力を提供する」

これが経営者から見た理想の社員である。経営者にはやりたい何かがあり、そのために労働力が必要だから人を雇うのである。


だから、「場所代、教育費、賃金」を「労働力」との天秤にかけた時に、「労働力」が大きく沈み込むのであれば、経営者は絶対にその人を雇う。


当然だろう、自分の所有しているオフィスに空き部屋があって、誰かが「その部屋を貸してくれたら、無料で仕事するよ!それに私はあなたの会社の業務に精通しているよ!」なんて言われたら、貸さない馬鹿はいないだろう。



「場所代、教育費、賃金」これが限りなくゼロに近い値になり、「労働力」が限りなく高い値になるのが、まさしく「理想の社員である」と言えるだろう。


さぁ、理想の社員を目指して頑張ろう!

社員と経営者は綱引きの関係であるべきだ


とはならない。絶対ならない。いや世の中には不思議な事にこれになっている人がいるのだけれども、私は絶対にそうはならない、なってたまるか。


経営者と社員は綱引きの関係である事を絶対に忘れてはならない。

どんなに経営者が優しくても、社員は決して心を許してはならない。経営者に心を許させる事を常に考えるべきであり、人権や成果を存分に主張してより少ない労働力でより多くの給料を得られるようになる事こそが、幸福に繋がるのだから。


経営者もまた同様である。社員はただの労働力であり、給料はガソリンである。あらゆる家畜や植物にそうしてきたように「無駄なく最大限の成果」を抽出できるように尽力すべきである。(廃棄物の処理コストを減らす事も怠らないように。)



だからこそ経営者は経営努力をするし、社員は自己改善成長啓発を行うのである。切磋琢磨こそが豊かさを生む。

そして経営者にとっての理想なんて追求する必要はない、経営者もまた社員にとっての理想など追求しないのだから。


「社員の将来のために給料は少なくして、会社でその分をちゃんとたくさん貯めているんだからね!」という戯言を本気で信じる馬鹿がいるのだとしたら、子供の頃のお正月にお母さんに預けたお年玉の事を思い出して欲しい。


そんな経験がないのならば、その経営者に一人当りどのくらいの資金を貯蔵しているのかを尋ねてみて欲しい、絶対に具体的な数値についての返答は得られないことだろう。



経営者視点での理想の社員を目指すよりも先に、自分にとっての理想の生き方を追求しよう。自分をより幸福にする方法は何か?という観点で物事を考えるという意味である。



その発想を始めた時に、自分自身がよりよい労働力に変化していくだろうし、経営者側もよりより経営をせざるを得なくなるのである。


何も努力しなくても優秀な労働力が入ってくるのであれば、経営努力など絶対に行われない。低賃金高労働力が経営者を堕落させ、身の丈に合わない欲望を膨らませ、より質の良い低賃金高労働力を追求させてしまうのである。



求めるだけで与えないのは詐欺である。


ならば与えるだけで求めないのも、また詐欺である。