イロトカタ

純然たるイロトカタです


なんでも覚えられる事は優秀ではない、記憶の取捨選択を自由にできる人間こそが優秀なんだ。

なんでも覚える人間が優秀なんじゃない

「見たものを全て記憶してしまう能力!」


なにそれ、超カッコイイ。そう思っていた時期が私にもありました。


しかしながら、少年時代の私も大人になって色々な事を経験すると、次第に考え方が変わりました。

別に完全なる記憶力を手にした訳ではないけれども、それでも昔よりは頭の調子が良くなりましたし記憶について強く意識するようにはなりました。


で、そんなこんなで、今現在の私が「見たものを全て記憶してしまう能力!」を羨ましいか?と問われたのならば、「いらねぇ」と断言できるレベルでいらないです。


過大なんです。過剰なんです。言ってしまえば、寒いからといって灼熱の業火の中に投げ込まれるようなものです。ものには限度ってものがある。



この世で大事なのはバランスであり、そのバランス量を自在にコントロールできる人間こそが真に優秀なのだと今ならば思います。


100点を獲得するためには、「意識していないこと」も「忘れたいこと」も記憶しておかなければいけないのかもしれないけれども、そんな脳の状態が続いたのならば、精神面から人間が崩壊していくことは間違いないでしょう。


「100点とか完璧とか完全というものは、テスト問題か、狭い世界の中でしか成立し得ない概念だ」という事を早い内にテストの問題として出題するべきなのかなぁとしみじみ思う今日このごろです。

影はどうしたって発生する

人生、生きていればどうしたって影は発生するってこと。

そしてその影が世界のバランスを保っていること。

その辺を認識して余計な影にストレスを感じないでいれば、もう少し気楽に人生を歩むことができるのだろう。



ほんのちょっとの影や、些細なストレスなんかを完全に消し去ろうと思っても、それは人間の力では不可能ではないだろうか?そして不可能だからこそ、人間は生命と理性を保っていられるのではないだろうか?



人の体を害する脳内ホルモンだって、人の生命を維持するためには必要だって聞く。


ならば、大半は楽しいと過ごしている人生の中のちょっとしたストレスなんて有難く頂戴するがバランス良く健康的に生きるコツなのかもしれない。

健やかな明日のため

まぁ、話がずいぶんと大仰になってしまったけれども、生きていると「忘れたくても頭から離れない」ことも発生したりするので、忘れた事に落胆している人も、その落胆の分だけ幸福になるタイミングもあるんじゃないかぁ、とそんな事が言いたかった。


どうしても覚えたい事があるのならば、何回も繰り返せばいいだけである。

完璧な記憶力を求められる環境に適応できなくて苦しんでいるのならば、不完全な記憶力を求められる環境へと場所を変えたらいい。


覚えられる事により恩恵しか目に見えていないからこそ記憶力に固執するのかもしれないけれども、「人間関係のいざこざ」や「失敗の体験」や「今日の疲れ」なんかを綺麗さっぱり忘れる事ができるからこそ得られる恩恵というのも多大にある事を認識して欲しい。

  • 「人間関係のいざこざ」を忘れられるからこそ、自分からコミュニケーションを取って関係を修復できる
  • 「失敗の体験」を忘れられるからこそ、成功に向かって再挑戦できる
  • 「今日の疲れ」を忘れられるからこそ、明日もまた頑張れる


ということで健やかに忘れる事ができること。つまりは健忘力に感謝して。それでもまだ上を目指すなら記憶のコントロール力を身に付ける事を心がけて。とりあえず今日の嫌な事は今日に全ておいて休んでしまえばいい。


それでは良い明日を