イロトカタ

純然たるイロトカタです


他人の発言に傷つくのは、自己と他人に期待し過ぎているのである。

自分と他人との誤解

第一に、自分の考えている事と相手の考えている事は違う。
第二に、自分と相手が同じ言葉を発したとしても、その言葉の詳しい定義まで同じではない。
第三に、自分は相手の話を聞かないし、相手も自分の話を聞かない。自分のフィルターを通して聞く。


よって自分と相手は完全に理解する事は不可能だし、普通に理解し合う事も中々困難である。

自分の言う「馬鹿やろう!」が相手に対する軽い冗談のつもりでも、相手からすると「自殺の瀬戸際レベル」として認識される可能性もある。

結局の所、自分の発言がどう料理されるかは相手次第なのである。

とは言っても相手がどう受け取るかを事細かに一々気にして発言できないでいれば、この世では何もすることができない。ある程度の所で諦めて発言して場合によっては傷つけるしかないのだ。


それと同時に相手もこちらの脳内を知り尽くしている訳ではないので、こちらがクリティカルヒットや怒りのボルテージがマックスになるような発言を無意識の内に平気でどしどし打ち込んでくる。


そのような発言に逐一真剣に対応していては、人間の心は対応しきれないで、言葉という幽霊に呪い殺されてしまう事になる。現実には物理的なダメージを受けていなくても簡単に人は生命を失う事ができるのである。

どうして全ての言葉を素通りさせるのか

という訳で、人と話す時にはその人との親密度や信頼度によって「心の脆い部分にまでその言葉を浸透させるかどうか?」って事を評価しなくてはならない。

というか、バイトや仕事やその他諸々での「対して親しくも尊敬も信頼もしていない人間達」に対して、自分の評価とか心とかの脆い部分にまで投げつけられた事を通過させてしまうこと事態が非常に問題なのである。


問題は「対して仲良くもない人間に心を傷つけられない方法を考える事」ではなく「そもそも仲良くもない人間の言葉は受け入れない」という事なのである。

トゲや毒薬を体内に取り込めば傷つくのは当然だろう。どうしてそういう害悪溢れた食品を投げつけてくる相手に対して、口を開けっ放しにするのか?という事が問題なのである。


つまりは、あまりにも依存過剰なのである。他人に対して期待し過ぎているのである。


どこかの野良犬にうるさく吠えられた所で心を傷つけて部屋に篭りっきりになってしまう人はいないだろう。

言ってしまえば、信頼も評価も尊敬もしていない人の言葉なんてのは犬の遠吠えくらいなのである。


もしあなたが仕事にてその犬の鳴き声を聞かねばならないのならば、業務上必要な部分だけを抽出するば良いだけである。


言葉の深読みとフィルター

結論としては、相手の言葉に対して「勘違いの深読み」をしている点と相手の言葉に対して「言葉のフィルター」を用意していない事が他人の発言に傷つく原因なのである。


相手の言葉を自分の脳内で毒物に変換させて、それを検問、フィルターなしにそのまま体内に放り込めば精神が異常に陥るのは言うまでもない事だろう。

しかしながら、多くの人がそれを行い傷ついている。


多くの不幸は自分の脳内が作り出しているし、どうでもいい人間の言葉なんてのは犬の遠吠えである。