イロトカタ

純然たるイロトカタです


「現在を否定した変化」は「現在を愛したが故の不変」には敵わない。

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固定と安定した結果

継続して期待する結果を出し続けるためにどうしたら良いか?それを学習する事は、「どこをどうすれば何が動くか」ということを綿密に知る事に他ならないし、その理解した仕組みに対して何度も同じエネルギーを注ぎ込む方法を獲得する事である。


つまりは、分解して理解して同じエネルギーを与える。そうする事によって何かを再現する事が達成され、継続して期待する結果を出し続ける事ができるようになる。


分解と理解。これはいくつかの方法論と並々ならぬ努力によって達成される事だろう。

ならば、同じエネルギーを与えるにはどうすれば良いか。「同じエネルギーを与える」と口で言うのは簡単な事なのだが、具体的にどうすれば良いのか?となると、「固定できる要素を増やす」事によって実現できるのだと私は考える。


動作や仕組みや行動を固定する。言い換えれば制限する事によって、与えられるエネルギーの量を一定化する事こそが同じエネルギーを与える事であると思う。


「固定する、制限する」というのは、つまりは「変わらない」という事だ。変化しないという事であり、進化しないという事であり、成長しないという事だ。


人も物もあらゆる全ては変化し続けようとするのだが、それを人の努力によって固定する。変わらないままにする。それによって、何度やっても同じ結果が出るようになり、期待される結果を出せるようになる。

他人はそこまで自分に変化を求めてはいない

人は変化と成長こそが美徳であり人間のあるべき姿だと思われがちだが、実際の所、他人は他人に対してそこまで変化を求めていないのではないだろうか?


まるで無能な役立たずによって人生を崩壊させられそうなレベルにまで達していれば、それはその限りではないのだろうが、多少の無能であるのならば本心では大して変化を望んでいないのではないだろうか?まぁ口ではアレコレ言うのだろうが、それでも無意識の中では「変わらない無能に対して口酸っぱく説教できるから、私の価値と尊厳は保たれているからラッキーだ!」とか思ったりする気がする。


他人にアレコレ変化されてしまっては、一々再理解するのにも手間が掛かるし、その人に対する攻略法も安心感も再設定し直さなければならなくなる。


牛丼屋に行けば、いつでも同じ牛丼が出るからこそ私達は日々を精一杯生きられると思うのだ。

今そこにある手札を

何一つ変わらない生活なんて飽き飽きして仕方がないけれども、変わらないでいつまでもそのままで居て欲しい何かもある。


その区別が出来ないからこそ、人は苦しんでまた悩んでさらに変化せざるを得なくなるのだろう。


せっかく得た素晴らしい手札を、「変化、希望、可能性」なんて言う甘い罠に騙されて全部を捨ててしまうような勿体無い事をする必要はないのである。


私には私の、あなたにはあなたの、素晴らしい手札がもうそこには十分に揃っているのではないだろうか?