イロトカタ

純然たるイロトカタです

欲望と嫉妬。人は正しく逃げるべきである。


 

欲望のバランス
 

人には欲望がある、そしてその欲望をどう活用するかによって、

人生の充実度というものは変化してくる。

 

欲望はあり過ぎても困るし、なさ過ぎても困る。

 

欲望を扱う際には、様々な戦略を立てなくてはならない。

しかし、上手に使いこなすことができれば、心強い味方となってくれる。

 

そんなことを前回書いた。

欲望は支配されるものではなく、飼いならすもの。 - 理想とリアルの折衷案

 

その欲望と向き合う中で、おそらく誰しも、いずれは向き合わなくてはならない問題がある。

 

それが「嫉妬」である。

 

ないものねだり

 

自分が欲しい、やりたい、して欲しいことができず、

他人がそれを実現してしまう。

 

その際に発生し得る感情が嫉妬であり、これは欲望が強ければ強いほど、嫉妬の感情も強くなる。

 

嫉妬の感情は恨み、呪いの親戚のようなもので、こんな感情を抱え続けていても、肉体、精神、人間関係に良いことなど一つもない。

 

嫉妬を呼ぶことも欲望の弊害の一つである。

 

では、どうすればこの弊害を回避することができるだろうか。

 

これは非常に難しい問題である。

 

今まで欲しいと思い続けていたものを急に欲しくない、と思考回路をコントロールすることなど一般の人間ができることではない。

 

だからといって、欲しい物が全くない、もしくは、誰にでも簡単に実現できるものばかり欲しいと思う。

そんな「思考、人生」が楽しいとは私には思えない。

 

今ここにあるものだけに幸せを感じなさい、満足しなさい、といういわゆる「悟り」という精神状態が存在するが、そんな簡単にそうなれるはずもない。

 

最終的にはそうなるべきなのかもしれないが、現状は大抵の人間が無理である、よって今回は考慮しない。

 

だから、今回は暫定的な対処としての方法を述べる。

 

欲望から逃亡する

 

当たり前だが、本当は欲望を達成できるのが最善である。

 

しかし、欲望を達成するためにあらゆる戦略、戦術、努力を要したとしてもその達成が不可能であると理解、確信した、そんな時にこの方法を検討して欲しい。

 

欲望が達成できずに生じた、嫉妬という感情を回避する方法。

それは、「逃げる」ことである。

 

嫉妬を発生させる要因から離れるということだ。

具体的に言うならば、

  • 自分が欲しいと思っていたベンツを友達が持っているのだとしたら、その友達としばらくの間、もしくは金輪際、会わないようにする。 
  • 好きな人に告白し、フラれてしまったのなら、好きな人と顔を合わせない、もしくは金輪際、会わないようにする。 
  • 理解できない本があるのなら、その本を捨ててしまう。

 

嫉妬という感情は、人間の脳の中に嫉妬を生む記憶が保存されているから起こるのである。

 

だから、嫉妬を生む原因から、離れれば当然、嫉妬の感情は次第に薄れていく。

 

逃げる、という言葉にとても強い嫌悪感を抱いている人はいるが、できないことを無理にやろうとして、人生そのものを苦しみに変えてしまう。

もしくは、叶わない夢に絶望して自殺してしまう。

 

そんなケースはいくらでも存在する。

 

それなのに、超えられない壁はない、それはお前の努力が足りないからだ、神は達成できない困難を与えたりはしない、みたいなことを言う人がいる。

 

できることはできるし、できないことはできない。

それの見極めをしないで、無駄に苦しむのなら、どうして人間に脳みそがついているのだろうか?

 

理想と現実をちゃんと区別しろ

 

努力が無用だと言っているのではない、努力は大切である。

そして諦めずに続けることも大切なのことである。

 

しかし、本当にそれが実現できるのか、ということの現実的な観点を

ないがしろにして行って良いものではない。

 

人間には、それを判断する能力がある。

 

そして、その結果、どうしても無理だ、ということからは逃げてもいいのである。

 

逃げることは恥ではない。

 

むしろ、状況を正しく判断し、逃げることができる人は知的であり、勇敢である。

 

ただ、惰性で続けていることを正しく、勇敢だと思っている愚か者もいるのだ。

 

正しく逃げることができる人は、欲望の悪い面に遭遇することなく、希望と夢という良い面と仲良くなることができる。

 

正しく逃げ、新しいことに挑戦し続けていける人は、徒労を重ねる人より、幸せになれることだろう。