イロトカタ

純然たるイロトカタです

やっぱり太陽光に当たると鬱っぽい気持ちが晴れて元気になる感じがする

自然とはかけ離れた現代

人間が一日中、ほとんど日の光に浴びないで生活するというのは、現代に突入してからの異例事態であろう。


昔の人の生活を絶対だと言って今の社会や文化を否定するつもりはないけれども、それでも今まで当たり前に人間の体が摂取してきた何かを途端になくしてしまったら、何かしらの変化が起こってもおかしくはない。

その何かって奴の一つが、太陽光だろう。


人は太陽の光で目を覚まし、日が沈むのと一緒に生活の活性度を落として休息に入る。そんなリズムを繰り返して今までの人類は生きてきたはずだ。

屋内が至高だと思っていた昔の私

なんでそんな事を思ったのかと言うと、かくいう私自身が休日であるにも関わらず、いつも毎回外に出て太陽の光を思いっきり浴びる事をしていなかったからである。最近、たまたま偶然長時間外に出て、強烈な太陽光線を受け取ってきたからである。


言ってしまえば、今までの私は外に出る事を極度に嫌っていた。

「これをああして、こういう風にすれば、今日の外に出る回数は最小限できる!」なんて算段を立てて一人でほくそ笑んでいた。


「外に出る事は悪徳で、家の中に居る事は美徳!」なんて事を言語化しないまでも、腹の中では密かに思い込んでいたに違いない。

屋外が最高だと気づいた私

しかしながら、自分一人の偏った妄想は、何らバイアスの掛かっていない純粋なる太陽光にて吹き飛ばされる。


太陽の光に浴びて外をぶらぶらと歩いていると、いつもと違う感情が芽生えている事に気が付く。

なんというか、ワクワクするというか、これから何かに挑戦してやろうというか。これが希望という感情なのかと結論を付けて、その感情を久しく私が忘却していた事に気が付く。鬱っぽい感情なんてまるで元々私には一切なかったかのような気分になる。


こういうのがジャンプヒーローだったり、月九のドラマの主人公の気持ちなのではないかと、そんな風に感じた。それが太陽光によってもたらされた事は私の脳内では明白だった。

でもやっぱり外に出るのは面倒だ

外に出る事の気持ちよさ。太陽の光を思いっきり浴びる事の爽快さ。それを思い知らされた一日だった。

自分の人生観を思いっきり変えるためには、自分一人の中で同じ事をしていても無駄なんだと悟った。


人間は動物であり、自然的な生き物であり、全ての活動の根源は太陽のエネルギーにある。

そんな自然な発想が現代に毒された私には欠如していたようだ。


体を動かすのは気持ちがいい。光に当たれば明るい気持ちになれる。

つってもアレだな。やっぱり家の中でこうやって文章を書いていると家の中ってホントに最高の環境で「極楽の境地」ってやつは此処なんだなと実感させられるのである。これを思い出してしまったら、外に出て太陽の光を浴びにわざわざ手間と時間を惜しむのが非常に面倒である。別に太陽の光なんてなくてもLED電灯があれば私は一生生きていけると思ってしまう。



家の中でプライベートを維持したまま、太陽光を存分に浴びられるような環境が欲しいと思った。