イロトカタ

純然たるイロトカタです

普通とは、自分の事だ

普通ってなんだよ

普通、そうに決まってるでしょ?


そんな論法?で相手を言いくるめようとする人がいるし、それに納得してしまう思考停止人間もいる。


「普通そうだから。」というセリフ一つで相手を説得できるのならば、この世の全ては自分の思い通りになってしまうのだが、どうやらそこまで都合よく世の中ってのはできていないらしく、互いの普通が食い違って言い争いが発生するケースもある。


その時のその人達の言い分というのを私は具体的に聞いたことがないけれども、そんなに高度な話し合いをしているとは思えない。結局、暴力的な論理を振りかざす人間同士が言い争うのだから、とどのつまり、それに準じた展開になるのだろう。



普通という言葉を使う人の心理

まぁ、そんな事はさて置いて。普通という極々何処にでもありふれた言葉という物の中身をよく知らないで多用する人間は多い。


普通という言葉の全ての性質をここで定義する事はできないけれども、それでも普通という言葉を使う時には一つの共通点が存在するものだと私は考えている。


「普通とは自己を中心に物を考えた時に発生する言葉である」と私は考える。


「普通、思いつくでしょ?普通、できるでしょ?」と言って他者を侮蔑するような時は、「自分は当たり前に実践可能である」という前提があるからこそ発せられる言葉である。

  • 他者を侮辱するために、世間を活用しているだけである。


「普通なら、こんなの簡単にできるはずなのに、、、」と言って自分を虐げるような場合も、いくら世間を引き合いに出そうとも最終的には自分の事しか考えていない。

  • 他者にも同様の事ができない人間はいるはずなのに、それを考慮していない
  • 結局は自分の感情へのケアのために世間を利用しているだけ

普通と正義と集団と

つまりは普通とは自分の事を思いっきり考えている状態だと言う事ができるのではないだろうか?


自分以外の事はまるで考えていない時に発せられる言葉なのではないだろうか?


普通という言葉を相手に対して発する時、その時きっと相手自身の事などまるで考えていないのではないだろうか?


私自身もあまり普通という言葉は好きではないけれども、たまに使用してしまう言葉でもある。なぜなら自己を中心に話を進める事は楽であるし、自己を正当化するために世間を味方に付けたような話し方をするのは楽だからだ。


自分を正義だと思いこんで相手を攻撃するのが楽なのと同じ事である。

集団になると急に強気になって乱暴になるのと同じ事である。


そういう危険な意味合いが「普通」という言葉の中には込められているような気がする。