イロトカタ

純然たるイロトカタです

イロトカタ 201807021923



嫌いな人間を減らす方法

嫌いな物にも存在理由がある

嫌いな物はきっと誰にでもある。そして誰だって嫌いな物には消えてもらいたいと願っているはずだ。

しかしながら、実際の所、皆が願うその願いが全部成就される事なんてのはない。誰かが嫌いな物は誰かが好きだったりするし、誰かが嫌いでいるからこそ、それに商品的価値が発生する場合もあるからだ。


嫌われてい何かだって生存したいし繁栄したい、嫌われている何かは誰からも愛されなくてもお金を生む材料になる。


存在理由は様々だけれど、嫌いな物は今でもどこかに蔓延って誰かに不快な感情を増幅させている。

嫌いな物に遭遇した時の行動

だからと言って、嫌いな物は嫌いなのである。だからできる限りは減少させたいし、できる事ならば消滅されるのが望みだ。


ならば嫌いな物を減少させる方法については思考する価値がある。何も考えずに無闇に行動しても逆効果を発生させるケースは多いのだから。


という訳で考えてみる事にする。


大抵の場合、多くの人間が嫌いな物に遭遇した時、どういう行動を取るだろうか?まずそこから考えてみようと思う。


一般大多数の場合、嫌いな物に遭遇したらどうするだろうか?まぁきっと少量の害であるならば、見過ごして済む害ならばそのまま素通りするだろう。つまりは「見なかった事」にしてやり過ごすのである。

コンビニにたむろする若者も、歩きタバコをする人間も、スマホ歩きをする人間も、多くの人が不快に思うけれども面と向かって注意するなんて事は現代ではレアケースであろう。

胸の内はモヤモヤしているのだろうが、「なかったこと」にして毎日を生きるのが大多数であろう。


では、この逆のケースで、「害が大きい、もしくはどうしても見過ごすことができない」ような嫌いな何かだったら人はどうするだろうか?


きっと「注意するか、攻撃するか、誰かに依頼して除去してもらう」だろう。


要するに、「嫌いな対象が起こす行動を妨害するか、嫌いな対象そのものを除去」しようと試みるのである。

無論、その対象が蚊などの類であるならば、蚊取り線香でも炊いて全部墜落させてしまえばいい。

しかし、その対象が簡単には死滅させられない物、つまりは人間などの生き物であった場合はどうするのが得策なのだろうか?

行動抑制方法三選

同じ人間同士であっても、まるで似つかない趣味嗜好を持っているものであり、誰かにとっては好きな物が誰かにとっては嫌いであるのが人間だ。

多様性が守られているからこそ、自分にとって気に食わない人間が必ず出てくる。

その人間に対して、どうやって対処するのが正しい方法なのだろうか?まさか蚊取り線香を炊いて殺す訳にはいかない。人間は無闇に殺していいものではないし、殺人には大きな罰則が与えられるからだ。


つまりは人間相手の不快現象については、その人間を除去せずにその人間の行動を防ぐ必要があるのである。


防ぐ、と言っても相手側からすれば妨害である。自分がやっている事を他者から邪魔されるのだから、妨害と呼ばれるのが当然だろう。



「妨害とは何たる言い草か!!私は社会の改善のために動いているのである!」と激昂される方もいるかもしれないが、その人にも人権があり、理想の社会は人それぞれ違うものなのである。


ではどうすればいいのか?というと「代替行動」、「不快を条件付ける」、「行動エネルギーを減少させる」などの方法を取る以外ないだろう。


「代替行動」というのは、タバコで言う所の電子タバコみたいなものだ。「同等のリラックスを得られるけれど、周囲に与える害は少ない」ような代わりになる物や行為を与える事で、今行っている不快な行動を辞めさせるのである。


「不快を条件付ける」とは、ある行動を取ったら、悪い事が起こるようにして、その行動を抑制するというものだ。具体的には路上喫煙をしたら警察が飛んできて罰金を取られるような法律にするなど。


「行動エネルギーを減少させる」とは、その行動を取るのに必要な資源を減少させる事で、その行動を取らせない、という事だ。具体的には、タバコは一箱1000円するが、持ち金が50円しかないから、購入できないので、タバコが吸えないなど。

自分を変える難しさ、相手を変える難しさ

で、こうやって考えると、自分を律する事に通じる何かがあるなぁ、と感じる。

自分の悪癖を抑制するために、「そんな事をする自分は駄目だ!」なんて憤っても辞める事ができないのと同様に、他人に対して強く意見した所でそれがなくなる事はない、という事だ。


非常に面倒な事ではあるが、自分の悪癖を押さえ込むのと同様の思考と慎重さとマメさ日頃の積み重ねによって、相手の不快行動を減少させるしかないのである。


無理やり叩き潰そうとすれば、抵抗されるだろうし、反撃されるだろうし、駆逐する事に失敗したのならば、奴らはより強力になって復活するのである。


ならば、冷静に確実な方法で着実に相手の不快行動を抑制する行動を取るのがベターではないだろうか?理想的ではないけれど、それが現実的で堅実なのである。


自分が簡単に変わらないように相手も簡単に変わらない。自分を変えるのに手間と時間が掛かるように、相手を変えるのにも手間と時間が掛かる。


面倒な話ではあるが、人は理屈ではそうそう動かないのである。