イロトカタ

純然たるイロトカタです

こだわりとか自分の納得とか、そういう自己都合の押し付けで相手からお金を要求してはいけない

「自分のとっての納得」とか、相手にとってはどうでもいいから

自分が納得する必要って、言ってしまえばない。大事なのは他人が納得するかどうか。そっちの方がよっぽど大事。

それなのに、自分が自信を持った物しか提出したくない、自分が納得できない物は売りたくない、という「格好付けて言うならば、こだわりみたいな物」を持ち続けて、自分も他人も幸せにしない人ってのがいるようだ。

ドラマのせいだろうか、漫画のせいだろうか、それともコミュ障だろうか。なんであれ、そういう人間像が持ち上げられ脚光を浴びてしまった事により無駄な努力が増える結果となってしまった。


こういう無駄な努力を真摯だとか誠実だとか職人肌とか言って美化する奴もいるのだろうが、他人の幸福に貢献しないで金を儲けている時点で、もうとても汚くて悪い状態なのである。挙げ句の果てに「これこそが自分が誇りを持って提供できる作品だ!」とか言って、要りもしないのに無理やり押し付けて金銭を取り上げようとするのならば、もう散々である。


すっごい当たり前であるのだが、他人が欲しい物を与えて幸せにしてあげるのが良い商売である。自分が良いと思う商品を他人に押し付けて金銭を取り上げるのは、暴力とか詐欺と言った呼び名の方がふさわしい。

他者が何を欲しているか

そういう簡単な所から逸れて、世間との隔たりを解消しようともせずに自分の心の殻に閉じこもっている状態が続くと、「痛い人間、使えない奴」などという評価が与えられ、世間から疎まれて、自分の部屋という殻に篭り切るしかなくなる方向性へと向かっていく。

お金ってのは他人様から得るものであるのだから、他人が何を欲しがっているのかを知らなくてはいけない。そのためには世間と常にコミュニケーションを取る必要がある。具体的には「自分だけのこだわり」を捨てて、積極的にアウトプットを行なう事である。


どんなに質の高い物を作った所で、相手が欲しい物でなければ何ら意味はない。

逆に相手が欲しがっている物がピンポイントで提供できるのならば、多少の装飾の雑さなど何の問題にもならない。

正義も救いも人それぞれ

情報に価値を付ける時には「万人に通用する絶対的な価値みたいな要素は存在しない」という事がきっと非常に大事なのだろうと思う。「救い」も「正しさ」も、人の数だけ存在するという事実から考えなくてはいけないのだと思う。

自分が納得できない救いだって、他者にとってはそれこそが求めて止まない救いなのかもしれない。それを自分の好みで一刀両断して他者に提供しないのであれば、自己都合の押し付けでしかない。ならば他者から金銭を要求する筋合いはない。


自分が思う以外の正しさも救いもある。そうやって観察する範囲を広げる事ができれば、商売の幅も役に立てる範囲も広がるはずだ。そしてその寛容な態度は、もしも自分が強く信じていた正義を打ち砕かれた時にも自らを守ってくれる事だろう。


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