イロトカタ

純然たるイロトカタです

「良かったこと」を話すと嫌われる人への対処法

幸せは隠せ

自分が幸せになりたいと思う事は素晴らしい事だ。
相手が幸せになる事も素晴らしい事だ。
そして自分が幸せになるためには他人を幸せにする事が必要な場合もある。
だが自分自身の過度な幸せな状態を相手に晒し続けると嫉妬する人間なんてザラにいる。
よって過度な幸せは隠せ。

出来杉君とのび太はどっちが愛されるか

例えの話だが、「頭脳明晰、運動神経抜群、世界で一番頭の良い大学に通い主席で卒業、自分で世界の最先端を担う企業を立ち上げ多大な成果と評価を受けて、容姿端麗で恋人にも子供にも恵まれている人」、そんな人と毎日一緒に生活するとしたらどんな気分になるだろうか?ちなみにその人は同性であり、同年齢である。そして結構仲良くしている。


自分とはレベルが違う人間だと、はっきりと線を引いて嫉妬の念を抑えられるだろうか?テレビやドラマの世界ならまだしも、自分属する身近な社会の一員であり、親しい間柄であるならば、否が応でも比較を始めてしまうのではないだろうか?


その逆で、「馬鹿で愚図で阿呆な奴」って可愛かったりしないだろうか?安心してしまったりしないだろうか?

「才能の距離」と「心の距離」の差異がストレス

自分より多少有能ならば、その人のやる気は刺激されるけれど、その才能があまりにも離れ過ぎているとやる気は削がれる、別の感情が生まれる。

多少の差異だから「まだ追いつける」と思うのである。レースゲームで1週遅れになった奴がヤケになってふざけ始めるのを見たことがないだろうか?圧倒的な差異はその人を自暴自棄にさせる。

切磋琢磨というのは実力が拮抗した人間同士でしか発生しない現象である。その距離感を上手に取り続ける事が人間関係においては大事なのだ。その距離が離れ過ぎると「親分と子分」のような上下関係に変化するのである。


上下関係に移行するキッカケとしては「年齢が離れている」、「先にその組織に属した」、「役職が付いている」なんかが挙げられるが、その逆の要素があると上下関係への移行が難しくなる。


上下関係への移行ができないままに、圧倒的な差異を見せつけられた時に、人は心のバランスが取れなくなり不快感や嫉妬を覚える。

有り金を全部見せびらかす奴はいないだろう

その辺を回避する方法として「変人扱いされる」とか「生まれが圧倒的に違う事を遠回しに伝える」とか「自己のマイナス面を強調する」なんかがあるが、場合によっては逆効果になり得るのである。

だから、一番簡単なのは「過度な幸せは隠せ」である。「能ある鷹は爪を隠せ」である。1人の天才は10人の凡人の嫉妬により貶められる可能性がある、というのが人間社会の業である。


幸せになるのは大いに結構だが、胸ポケットに札束を溢れさせている人間がどういう目に遭うかは誰にだって想像が付くはずだ。

いくらでも自分自身に幸福を注入しても構わない。だが、外見としての幸福量を調節できると人間関係が今より幾分がマシになる事はあるはずだ。