イロトカタ

純然たるイロトカタです

可愛いは平和と正義をもたらす

可愛いにエネルギーを注げば、平和が誕生する

可愛いというのは大切な要素だと聞いた。

まぁ、確かにそれはそうだろう。「愛する事を可能にする」という感じの漢字を持っている「可愛い」がなければ、愛することはできない、愛は生まれない、つまりは愛のない世の中が誕生することになる。つまりは大戦国時代である。


戦争の恐ろしさは誰もが身に染みて知っている事だろうが、もしも何も求める物がないのならば、退屈しのぎに戦争を始めてしまう人間は一定数いるのだろう。何も変化も進歩のない平和を淡々と享受できる人の方が、きっと少数派である。


ならば、戦争という最悪の退屈しのぎを回避するために、別の退屈しのぎをしなくてはならない。エネルギーは否が応でも生まれてきてしまうのだから、それを消費する方法こそが重要なのである。


その退屈しのぎのための方法の一つが可愛いなのだ。

愛する者を守りたいと思う心はきっと万国共通であるだろう。愛という感情が生まれた時、その人のエネルギーは「攻める」から「守る」へと移行するのである。

それでもきっと、守るためには攻撃しなければいけない場合もあるし、独占したいがために戦う事もあるだろう。完全に争いが無くなるとは断言できないけれども、少なくとも方向性はまるで違うのだから、結果もまるで違うはずだ。同じ「戦う」でも攻めるための戦いと、守るための戦いは違う。

可愛いに参加できる世の中

そんな訳だから、可愛いがこの世に満ちるのは良い事なのである。さらには、可愛くない人が技術の進化によって、仮想世界で可愛い存在として再誕生する事ができる、というのも非常に素晴らしい事なのである。

可愛いは作れるの範囲が日々拡大している。平和が発展しているのと、これは同義である。

絵という技術を使えば、努力次第で自分の理想の可愛さをこの世に体現させる事ができる。
仮想世界ならば、おっさんでも美少年美少女に変身する事ができる。
将来的には、理想を体現した仮想世界にて、長期間過ごす事ができるようになるかもしれない。


人は可愛いのために努力をし、可愛いのために平和になっていき、可愛いのために発展する。可愛いは正義である。

ブサイクでも可愛いに貢献できる素晴らしい世界

現代の良い所は、一つの要素について、様々な貢献の仕方がある点である。

現実世界の自分自身の外見を磨き上げる事でしか、可愛いに貢献できない時代ではないのである。

可愛い絵を描いてもいいし、可愛い人格を書いてもいいし、可愛いプログラムを組んでも良い。可愛い何かを作る企業に投資しても良いし、作っても良い。協力の幅が大幅に拡大しているのである。何なら、偉大だと思う技術者のファンになる事だって、貢献の一つである。


自分の外見や性別に縛られて、可愛いを忌避する事も嫌悪する事も憎悪する事も必要ない時代になった。それだけで平和な世界に近づいているのが明白に理解できる事だろう。

平和とは方向性と貢献方法の多様性である。


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