イロトカタ

純然たるイロトカタです

イロトカタ 201807021923



現代も有能者に優しい世界である

逆算的成功法

逆算するとお金持ちに程遠い現実を目の当たりにしてがっかりする限りである。

「1億円欲しい!」みたいな願望は誰だって思い描くのだが、実際問題それを実現するために、今自分ができる事をリストアップして収入を計算していくと、目標金額まで到達するのに何十年と掛かる事を思い知って愕然とする。

って事は、私が堅実な方法で大金を得るためには、今やっている労働をここから何十年もやらなくてはいけない、という事が確定するのである。というか、今現在の私の労働行為が何十年先も保証されている訳でもないのにである。

そもそも、そういう労働行為に身をやつしたくないから、そういった皮算用をしているのである。本末転倒である。


だから、人は一発逆転的なチャレンジに走ったり、「とにかく頑張ろう!」という思考停止をして何とか生命活動を続けるのである。

しかしどうにもそれでは楽しくないし、救われる人はあまりにも少ない。1億円即座に手に入る事が大半の人間にとっての幸福であるのならば、賭博黙示録カイジさながらの一大ギャンブルに勝利した、超少数の人間しか幸福になれないのだから。

希望の量が成功確率を上げる訳ではない

金は欲しい。どんなに思考を捏ね繰り回しても欲しいのである。今現在の労働行為を愛して多少幸福度を上昇させる事はできるかもしれないが、本当に欲しい人生は自分の好きなように生きられる人生である。お金を稼ぐという行為に人生を束縛されない人生である。

難しい話だ。それを実現するためには、今の労働活動を丸っきり変化させるか、一大ギャンブルに身を投じるしかないのだから。しかも、その挑戦の成功確率は著しく低い。


だからこそ、比較的無難な行為として、労働信仰を行って自分の日々の生活を賛美するしかなくなるのである。昔の人はそういう意味では賢い。モーレツ社員的な人々は、心の底から労働を素晴らしいと信じる事ができたから、結構幸せだったのだと思う。


今の人達は凡人でもネット関係の業界に参入する事によって、成功しているケースを見る機会が増えているから、労働信仰が困難になっている背景があるのだ。

「こんな普通の人でもYOUTUBEで有名になればお金持ちになれるんだ!」

「僕にも書けそうなこんな文章でも、ブログで億万長者になれるんだ!」

糸通しみたいなレベルの関門なのに、そこに希望が見出してしまう。単に「参入可能ジャンルである」というだけなのに、それだけで自分も成功の可能性があると信じてしまうような愚行である。言ってしまえば起業した時点で成功者になっているようなものだろう。

成功者的素養

現代には手の届く希望が多すぎるのである。実際問題、確かに希望の量自体は増えた、地位や身分に関係なく成功の機会が与えられるようになった。実力さえあれば幸福になれる素晴らしい世の中だ。

だが、「誰でも参入可能」というだけであり「誰でも成功可能」とは誰も言っていない。そこは錯覚してはならない。昔に失敗する人は今でも失敗するし、昔に成功する人はほとんど今でも成功する。時代の文化による妨害障壁が、現代においてはかなり取り払われただけの事である。失敗者は今も昔も失敗者である。


だから、ブログが僕を幸せにしてくれる!は違う。YOUTUBEが僕を幸せにしてくれる!も違う。成功者的な素養がその人を幸せへと運ぶのである。成功者がより成功しやすい時代が現代である。


何をやっても上手くいかない!と嘆くのであれば、自己の性格と能力を見つめ直して鍛え直すプロセスが重要なのではないだろうか。