イロトカタ

純然たるイロトカタです

イロトカタ 201807021923



今日も変わらずカロリーメイトを食べる。飽きる日がいつか来るのだろうか。

一度は別れた事がある

カロリーメイトは美味い。栄養バランスが取れている上で美味な食品の代表作がカロリーメイトなのは概ね皆が認める所なのではないだろうか?私は認める。

ただ美味しいだけでも、毎日食べれば飽きてしまうのがこの世の常であることを大塚製薬は熟知しているようで、味のバリエーションも豊富だ。チョコにフルーツにチーズに、なんとポテト味なんて物まであるらしい。

私はチーズ味が大好きなので頻繁に食べるのだが、仮にこの味に飽きたとしても大丈夫だ。チョコ味で気分転換でもして、飽きたらチーズ味をまた食せば良いのである。これなら一生カロリーメイトの味を楽しめるに違いない。


とまぁ、こんな感じで私は今現在カロリーメイトに傾倒して、一生こいつと付き合っていくぜ!みたいな心境ではあるのだが、なんとこの心境は二度目の到来なのである。

二度目の到来という事は一度は終わっているのである。つまりは飽きて辞めてしまった時が一回あった、という悲しい結末を一度体験しているのだ。

そんな出会いと別れ、人の心の移ろい、そして儚さ。そんなこの世の真理とも言えるような体験をカロリーメイトを通じて体験している訳である。私は知った。私の言う絶対なんて全然信用ならない事を。この先一生続けて大切な人を大切にし続ける事ができるのだろうか?カロリーメイトを噛みしめる度にそんな事を思う。いや、思わない。

ずっと一緒に居るための秘訣

まぁでも不思議な事に一度目の終焉の時の記憶ってのは、そんなに深く覚えていないのである。だからこそ、今こうやってカロリーメイトを愛する事ができるのだろうが。

それを嫌いになった理由を鮮明に覚えているのならば、それを好きになる事はできない。ならば、改めて何かを好きになる方法は、嫌いな箇所を忘れる事に他ならない。

変化させる事でそれに対する嫌いを改善しようとする考えもあるだろうが、変わってしまったら「それ」は以前の「それ」とは違う「それ」なのである。「変化させて好きになった!」なんて成功体験は少しズレていて、単純に今ある物を取り替えて、それを好きになっただけなのである。

今ここにある嫌いな何かをそのままの状態で再度好きになろうとするならば、忘却するのが妥当な手段だ。それ以外を望むのならば、私自身が変化するくらいな物だろう。とは言っても、自分が変化するって行為も相対的に見れば周囲を変化させている事と同様なのかもしれないが。


それでも私はカロリーメイトを嫌いになるまでは好きなのである。不味いと思うまでは美味しく頂けるのである。飽きて嫌いになっても、時間を置いて忘却すれば再度好きになれるのである。

何か一つの物事と長く一緒に居たいのならば、適度に距離を離す事が肝要なのだと思った。